それからというもの、私は夢が叶った喜びで、俄然張り切っていました。

ウエディングのお客様とのお打ち合わせは楽しくて、プールにも花を浮かせたり、摘みたてのバラ園からのバラたちをふんだんに使ってフラワーアーチを作ったり、カップルの思い出や、出逢い、趣味、などのおのろけ話を聞きながら、お2人らしい会場装花をデザイン、プロデュースをしていきました。
  ビール会社にお勤めの彼と、香水の調香の仕事の彼女には、「ビールとフレグランスのラブストーリーっていうテーマでパーティー会場をかざりましょう。!」「キリンラガー缶とカルティエの箱の赤にミニバラの赤をあしらってかごに入れましよう。ティファニーにはブルースターをいれて。。」と、テーブルごとにおもてなしの花を変えては、ゲストも喜んで思い出に残るパーティーつくりになるわと、ときめきながら、こんな風に進めていました。
まさに気分だけはマーサです。

楽しくて楽しくて、いま思うと、これは仕事ではなく趣味の作品展。プロ度が皆無でしたから、翌月の花屋からの請求は全く大赤字。お客様から頂く以上のことをやってあげたい一心、喜ぶ顔が見たい一心で、やればやるほど支払いに終われる有様。

焦る心の隙間には悪魔が忍び寄り、きがつくと、うまい話に乗っては、「また杉本さん便利に使われたらしいわよ」。。。と、他からおだてられてはいけいけのりのりで請け負っていた仕事も支払いをしてもらえないなどの連続。そして、周りのお手伝いの人(スタッフというほど自分自身も人を使いこなせていなかった)
は一人去り二人去り・・・いつかキットと夢ばかり語る私にやってくるのは、支払い請求書と、うまい話だけだったのでした。

のせられる、だまされるのも自分がいけないいんだ。
ときずき、人を信じたことだけは後悔せず、今後の学びになるようにまた立ち上がってがんばろう。・・そうやって自分を励ましては、一方で、もうやめよう、いつやめよう、自分には向いていない、と打ちひしがれ、一人枕を濡らす日々が続きました。
繰り返し見た夢をいま手にしている自分。叶った喜びはそれはスタートでしかなかったのです。これからもっともっとやってくるであろうたくさんの試練に挫折する事なく自分はやっていけるのだろうか?やめる理由を心の隅で探す自分を情けなく思い、でも現実はどん底。これでもかとやってくる試練に涙も出しつくしました。

「でも、好きだからがんばろう」と日々の目の前にある仕事を何も考えずに、がむしゃらに一心不乱に向き合う自分がいました。こんな事やっていても何になるんだろうというような、一見何の価値もないような、損得だったらやめたほうがいいにきまっているようなことでも、ピュアな気持ちを忘れずにどれだけ夢をあきらめずに走り続けられるのか?
無の境地になった時、そこが人生の成否の分かれ目とずいぶん後からわかるようになりました。

それは。。。そんな時女神様が現れたのです。

運命の扉を開ける出逢いが。
1996年秋のことでした。

続きはまた。。。次回は、うそのような不思議な出逢い
こんな事ってある?という
桂由美先生との出逢いです。お楽しみに。