07/01: 室町時代から続く日本の行事。罪穢れを祓ってきたから^^

「水無月の夏越の祓いする人は千歳の齢延ぶといふなり」という古歌を詠みながら、茅の輪をくぐります。趣があります。「蘇民将来」とも言います。
半年間のけがれを祓い、身を清め新たな気持ちで過ごせるように神様からのご利益をいただくことで残りの半年間も健康に息災に過ごそうという神事だそうです。
室町時代から続く宮中行事で本日も宮中でも滞りなく行われたそうです。茅の輪をくぐるときに∞の形に歩くのがなんとも宇宙に続く無限大を意味しているようで(勝手に解釈しただけです)なんだか神秘。



渡辺先生の中学の同級生も数人いらして。KAORUKOファンにもなっていてKAORUKOのショーにも来てくださっています。頭上のちょうちんも面白いでしょ^^★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★
この半年の罪穢れ(つみけがれ)を落とせたかしらん。
付いた邪悪な物が祓われたかと思うと、清々しくはればれしました。これでもう罪穢れは近寄って来れないことでしょう。日本古来からの行事は初詣と同様にクリアしとかないとね。
お茶でもこの時期は水無月というお菓子をいただき、茅の輪くぐりを模したお干菓子をいただく懐かしい時期。
本日は渡辺先生はお友達をお連れするということでしたので一緒に幸福弁当を食べながら行くのは辞めて、久々に横浜から往復300キロを一人で運転しながら行きました。今ごろドッと運転疲れですが、明日は大阪に飛行機で日帰りレッスンの日です。
罪けがれの祓われたKAORUKO大阪参上です^^
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昨日今日は身内のレッスン日でした。修行に専念。身内レッスンはまたまとめてそのうちご披露します。
そして、夜はそのあとに、ロイヤルパークホテルにて某お打合せ。
私だけの写真です。都合により^^
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最近また食品偽装がニュースで取りざたされている。
偽装を通り越して詐欺だという展開にも言われ出した。
偽装と詐欺の境界線は何だろう?
華やかに宣伝をしていた某英会話学校の社長の逮捕劇も同時にニュースをにぎわしたが、あれも詐欺に端を発した。
詐欺とは、はじめから詐欺をしようと思って始めた人もいるかもしれないが、ほとんどがやっていくうちに、ちょっとくらい、少しぐらい、ばれなきゃ、騒がれなきゃ、・・・という思いでだんだん味をしめて気がついたら詐欺といわれるようなことをしているという展開になっているのではないだろうか?
故意過失(わざと・ついうっかりまちがって)に関わらず結果的にそういわれてしまうようなことの展開をしていたとしたら自業自得。
いまどきの消費者は馬鹿ではない。今世間がこれだけ悪を暴く、ずるを見逃すなという風潮になってきていて、様々な企業のする行いにたくさんの目が光っている。
当該者となれば泣き寝入りなどするはずがない。
その場しのぎの嘘やずるは瞬時に暴かれる昨今なのだ。
いままでならまかりとうってきたということもまかりとうらない今の時代。どんどん暴かれている。
いずれにしても清く正しく嘘をつかず誰にどこからつつかれても胸を張っていられるように、ガラス張りの自分でいられるように自分で自分や自分の部下、自分の会社、自分の上司、それぞれ関わり合う関係において常に律し合う必要があるのだろう。
誰でも詐欺師になろうと思ってなっているのではないだろうが気がついたら詐欺師になっていた・・・というケース。昨今のニュースを見て本当に人間とは愚かであり、ちょっとしたことで人生の道が大きく狂うのだ・・と観察している。
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06/08: その人を見ればそこの哲学がわかるから厳しく指導
本日はレッスンを終日行っていましたが久々の人だけご紹介ね。
若山さんは天使ライセンスのフォローアップに。赤ちゃんが離乳食になったのでママでなくても時間が持つ時(母乳以外の)に自分への精進で少しづつ活動開始とのこと。クリスタルブーケができあがりました。RUCOシャンデリアで。このほか含めて4名のレッスンを行い、その後19時半からは全国から出てきた皆さんとミーティングを22時近くまで行いました。ふ〜
明日は朝一番で神戸レッスン。
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「私たちも制服を脱ぐまでは飛行機を降りてから、たとえホテルで歩くときもチェックインするときも部屋に入るまではスチュワーデスとして気を抜いたらいけない」
「私たちも最近は足りなくて新規採用を大量にしないとならない年はハードルを低くするから、そこまで本気じゃない人までスチュワーデスになる場合もあって、デモそういう人は厳しい訓練や先輩からの怒られてばかりの指導に口答えをするような信じられない人もたまにいたりするらしい。」
「3年は指導教官にはハイとすいません、申しわけございませんのこの2種類の言葉しか言わない。心でその時納得いかないときもあっても後で考えるとそのとうりだと思うから、注意されれば謝る・・それも指導、教育」
という話のキャッチボール。こういう風に訓練されている人は厳しさも困難さもあたりまえの前提として甘くない現実を分かっていてKAORUKOの認定を取得するからこちらもやりやすい。
夢やあこがれでは勤まらない仕事の現実を知るとき、またお客様の位置では楽しくても、スタッフ側に立つということで180度違う世界の見え方を知るときあまりのハードルの高さのライセンスの意味を知る。それはKAORUKO認定もスチュワーデスも根底は同じ。
でもすべては光のための影の部分。影をどれだけきちんとできるかで光を知ることが、光を浴びることができる。
そうでなきゃなまじプロフェッショナルの世界に足を踏み入れるべきではない。KAORUKO認定ゆれるブーケのライセンスや、認定講師も含めて、名前がほしい場合は、KAORUKOとしての哲学をたたきこませていただきそれこそJALやANAの制服を着ているうちはだれがどこから見てもイメージを抱くその会社の〜こうあるべき人物像とならないといけないように、KAORUKOさんのとこの人とんでもないのよ。。と私は言われたくないから。だから日々ブログも書くし何かあれば真剣に向き合うのだ。
天使ライセンスを取得して本部スタッフになったとたんにあこがれていたKAORUKOやKAORUKOのブーケを作れてうれしい、近くでお手伝いできてうれしいという立ち位置からKAORUKOサイドの立ち位置へと変化する。
生徒さんのうちは楽しいレッスンやうれしいレッスン感動の日々であろう。でもこちら側に立つということは、技(技術)ももちろんのこと、外見、立ち居振る舞い、気転、配慮、すべてをKAORUKOの考えるKAORUKOの傍らで手伝うスタッフとしての人間像に変えていかなくてはならない。それは、かつて自分達があこがれていた時にKAORUKO先生の傍らにいるスタッフへもある種のあこがれや羨憧のまなざしで見ていたように、自分たちも観察されることになる。
「KAORUKOのスタッフがこういった・・」「KAORUKOのスタッフはこうだった」と、よくも悪くも評価をされる立場になるということ。技術のお手並み拝見どころか上記すべてに対してのチェック。
だから、天使ライセンスは取得までのハードルも高い。取得してからの維持のためのハードルも高い。本部所属登録スタッフ維持もかなり厳しい。
低くすると質が落ちるし技術のみならず心も乱れる。
本気の人しか残れないシステムになっている。
心の教育もガミガミガミガミと言い続ける。それはKAORUKOの揺れるブーケをとても大切にしているから。私も全国の更新者たちも。お嫁さんへの魔法のような力も知っているから。質や心が乱れた集団だけは避けなくてはならない。だから、少数精鋭デモある。
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06/07: 泣かされても泣かすな。。120パーセントの法則
息子さんのウエディングや古稀の祝も私に任せてくださって私の駆け出しのころから今日まで約15年ほど応援してくださっています。
出会いは横浜の名士の方やその奥様のソロプチミストの会の方が私の初代のころの生徒になってくれて娘くらい若い私を先生先生とかわいがってくださった。もっと著名な先生やをいくらでも知っているでしょうに・・人脈もものすごい人たちばかりなのに・・ありがたいことに。
そして今日とてもよいお話を聞きました。
どう?最近という仕事の問いかけをされ、無名のころから私を見ている彼女はいじめられたり足を引っ張られたり、抜擢に羨望されたり、妬まれたりということや利用されたりして泣いたり悔しがったりを一通り見守ってきてくださったかたなのでこんなことを話し出した。
「人から泣かされてもいいからひとを泣かしてはいけないよ・・人を泣かしたら自分に必ず返ってくる。自分に返らなくても子供に返ってくる、孫に返ってくる。と母から言われて育ってこの年に(約70歳中半)なってとてもよくわかる。・・私の今までの人生でこの年になると、周りを見回すと、なるほど、そのとうりになっている。」と。「KAORUKO先生もそうだったからここまでこれたんだから、いろいろ仕事であるかもしれないけど絶対そうだから、これからもそうでいてね」と。
よく言う因果応報とかカルマの法則とかブーメランの法則とか言いますけど、こういう人生の後半のかたがご自身の人生を振り返り周りを見回すとそのとうりになっているという言葉には説得力がありますよね。
泣かすとはいじめる、泣かすとただ単にそういうことではなく広義の意味で、ずるいしうちをする、だます、おとしめる・・
人を人を思わない・・
それらを含めてしてはいけないということですね。
その時はしめしめと思っても長い人生結果はのちになってわかるもの。必ず自分に返ってくるのです。
だからだまされた、利用された・・と泣くほうがむしろいいのかも知れません。いろいろ学べるしね。
いつも私のショーは欠かさず見に来てくださっている。(
富士屋ホテルにもきます)そしていつも後方からお仲間の方たちと温かく見守っていてくださっている。
そして決して恩をきせない。だいたいが無名のときから応援していたと吹聴したり、発掘したとか、育てたとか、120パーセント言い出す。私の前で言わなくてもどこかしこでいうから私の耳にも入ってくる。でもこの方たちは「KAORUKO先生の実力・・KAORUKO先生のお人柄・・KAORUKO先生が頑張ったから」というだけ。有形無形の応援をしてくださっているというのは紛れもない事実であるのに。
私はここに来るまで両者に遭遇したので本当にいい勉強になっている。要するに品性、人間性の問題。
本当の成功者は人格も伴っていて魂もきれい、人相、心ともに温かい。3流4流とのおおきな違いも勉強になる(このテーマはまた別日に)
○○さんのおかげで。。○○さんに感謝。。とは直接的でなくても応援してくれた方や見守ってくれた方には言われなくても思うものだし、思わなかったり忘れて行ってしまう人はむしろ絶対途中で消えていく人。
たくさんの人のおかげで今日があり、失敗やうまくいかなかったことにもそこから学んだと感謝できる自分で居続けた。
今日田井さんが何気に出された言葉にしばし立ち止まりわかっていることでも含蓄があると思ったのでした。
横浜市旭区鶴ヶ峰2−5−2
たいクリニック
045−350−7770
ペインクリニック併設なので高齢者のかたや原因不明の痛みの方はぜひ行ってみて
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06/03: こんな1日。と最近の声から。
相変わらずかっこい駐車場ですね。
本日は秘書がこんな写真を撮っています。洗練のシャネルにてこんなお茶目なことしていいのかしらん。


エレベーターのボタンもこんな風にシャネルです。
そしてシャネルの後は至近距離の帝国ホテルにて打ち合わせ。延々と3時間も。。疲れました。

そしてそのあとは帝国ホテルの中のゲランへ。これは打ち合わせではなく半年ぶりの顔エステです。これも仕事のうち。今週はトークショーやテレビの撮影や取材があるので少しは顔をなんとかしないと。いつもは無頓着で何もお手入れはしないので駆け込み寺として撮影前に。ここもゲランの前社長からのご紹介で行くようになりましたが、担当の宮越さんは私と出会ってから運勢が好転したと言ってます。私の幸せを呼ぶ法則という著書を読んでから引きよせとか不思議なことが始まったそうで、なんと先日は個人的にエステシャンとして雑誌にまで取材を受けて大きく掲載されたと、「薫子さんのおかげです!」なんていわれたりして。私何も関係ないのに^^「でも運がついてきたんです。人生が激変です」と。

★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★
このブログの読者で私のとある生徒さんですが、こんな話をきかせてくれました。
銀行のATMで8万円をおろした時。お財布にしまうつもりがあろうことかバササ・・と床に落ちてしまい。ばらまかれたお札を慌てて拾い念のため数えると9万円あったそうで、「?」と思い再度数えても9万円。通帳を見ると引き下ろしたのは80000という数字。
KAORUKO先生の増えた消えたののブログの話もあり、もしかしてお札が増えたのかも知れないととっさに考え、少しうれしい気持ちに一瞬なった・・でも自分にそんなことが起こるわけない・・・と正気に戻り、かんがえた果てに、「防犯カメラに見られている・・これは申告しなければ」と考え直し窓口へ。
それからというもの不思議現象を解明すべく銀行の防犯カメラを一緒にまきもどしてみさせられたとのこと。そうしたら自分が拾う姿、数えている姿、考えている姿もしっかり写っていたそう。さらに巻き戻すと、彼女が落とす前に床に1万円が落ちているのも写っていたそう。さらに巻き戻すと、10分ほど前に同様にお財布からお札を不用意にもばらまいた人がいて、その人がその1枚を拾いそびれていた・・・という顛末が解明したそう。
というわけで彼女は正直に申告して「あーよかった」と銀行を後に家路についた。そうしたらほどなくしてその10000円の持ち主が判明し銀行からの電話でその持ち主がお礼を言いたいと言っているとのおたずねの電話がきたそう。たいしたことではないのでそれは辞退をしたそうだが「もしあの時、よこしまな考えでそれを自分のものにして、ほくそ笑んでいたら・・今頃」という結果を考えたら、「KAORUKO先生の言うように、人生は本当に毎日、瞬間瞬間が試されているんだ」と「正直に、恥ずかしくないように生きなければならない、試されていると人は気がつかないでおろかな判断をするというKAORUKO先生の教えのとうり・・」と思ったそう。
私の教えというほどのものではないけど、人生は毎日が試されているのは本当。
浮き足立たず、調子に乗らないで、地に足をつける。これが日々大切。加えて、誰も見てない、ちっょっとくらい、少しくらい、ばれなきゃ・・・と言うささやき。
だいたいがチャンスも離したり、消えていくというのは試されていることも分からずにそういう言動や思考回路をするということ。
このブログが毎日読むことによってそういう見えない力になっているらしいことを喜ばしく思います。^^
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05/29: 大人婚の時代。人生の選択について2つの考察
単なる晩婚という意味ではなく、いいものを見る目が培われた女性たちが選ぶ自分たちらしさ・・という意味。
上質を知る成熟した女性の洗練のウエディングという意味。
誌面は美しく「私も次は〜」なんて夢見そうな錯覚に陥りますから見てみてね(汗)そして午前中のこの話をリンクするような出来事が今宵はありました。久々のうさぎイチゴの会です。JC青年会議所の同期卒業のメンバーの集まりです。参加できないことが多いのだけど今宵はおめでたいことがあったので。出産お祝いです。

メンバーの一人の経営する華正楼の姉妹店、真向かいにある上海料理の桃花にて。
中央に座っている女性がこの会の会長ですが、なんと2月にお孫さんが生まれました。私と同じ年にして孫とは!そしてお孫ちゃんの名前は【花ちゃん】

実はウエディングが決まって私に依頼があり、揺れるブーケはじめウエディングプロデュースをして差し上げました。
その時の花の力、花が与えた感動に思い入れが忘れられなくて、なんと私の花でウエディングをしたことがきっかけで花ちゃんと命名したそう。冥利に尽きますね。
御子息たちはもちろんお若いカップルです。何がリンクって、「孫より若い子供を産む」と彼女はセカンドウエディングを夢見ています。さらにこの記念写真の中の男性もセカンドウエディングを秋にするそう。
大人だからこそ、2回目だからこそ人生の機微も知り、デモまだ十分若く、これからの新たなる人生を歩みウエディングを夢見る。なんて素敵でしょ。
もちろんプロデュースは両者ともKAORUKO^^
本当に素敵にして差し上げます。
25ansの大人婚はセカンドウエディングという意味ではないけど、それも含まれて大人婚。
大人婚にふさわしいKAORUKOプロデュースの展開もお楽しみに!
いつまで同じことをやっていたら時代から取り残されます。時代は常に変わっている。
同じことをコツコツとしながら新たなる挑戦が必要。変わらなく新しいというのは常に変わり続けているから時代に適応して新鮮ということ。ずっと変わらないということは古臭くなるということ。
KAORUKOのお楽しみ企画お楽しみに!
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≪調子にのるなについて≫
老舗が廃業というニュースが今日はあった。
「のれんの上にあぐらをかいていた」のが廃業の原因と女将で社長で創業者の娘は記者会見で言っていた。
ブランドとは信頼。
信頼が失せたらブランドではなくなる。
信頼とは毎日の小さな積み重ね。いつからどこからかその小さなコツコツが怠慢になり少しくらいちょっとくらい、ばれなきゃ、見てなきゃ・・となっていってしまったのだろう。。。
小さなコツコツ毎日のコツコツ。そして時代を見据えた新しい挑戦。常に挑戦。
何事もそういうことであるという教え。創業者の家訓に調子にのるなとうのもあったらしい。
本当にそういうこと。人生はいつも試されている。調子にのるような環境や出来事をおこして私たちは常に試されている。
ほとんどの人が調子にのって浮き足だってハッピーラッキーが永遠に続くと勘違いをする。
私はいわゆる創業者にあたるから(まだたかが16年のKAORUKO業ですが)自分自身転びながらこの教訓を体で知った。だから今も自分も今試されているなと
そういう時はわかるようになった。天から世間から人間関係から人は常に試される。調子に乗るように試される。
スタッフや生徒や幹部候補生志願者も常に試される状況が与えられていると客観的に観察していてもわかる。天から世間から、人間関係から、そして私から良いことも悪いことも試される。
本物になっていける人はどれくらいるだろう。
ぜひ調子に乗らずにコツコツと本物になっていってほしいものだ。上には上がいると常に自分を律して。
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05/22: 帰ってきた手帳、手帳の考察。自分の心も考察しよう。
庭のオリーブがこんなに可愛くなっています。^^
新芽?花のつぼみ?とにかくかわいいし、ぐんぐん成長しています。本当に大好きな南フランスのようです。

手帳が帰ってきました!出てきた手帳「いったいどこの次元に消えていたんでしょう?」と生徒さん達が言いました。こんなにびっちりのスケジュールが書かれています。手帳って成長の過程を表しているといつも思う。
駆け出しで専業主婦の片手間にお花の教室をやりだした頃は【仕事をしている私】って感じでうれしくて大きな大きなA4くらいのたくさん書ける手帳というよりノート的なものを買ってがっつり書き込む…たまに入る打ち合わせや、花やの仕入れや、レッスンの予定なども張り切って何でも書き込むからそれでも隙間が足りないと息巻く時代


そして、少し仕事も仕事らしくなると、スタッフができて、アトリエができてスケジュールボードなるものが壁にかけられ管理したり、ちょいと電話でスタッフに聞けるし、花の発注などは仕事量も増えると専用の発注用紙がないと回らないくらい膨大になるから手帳に書き込む必要もなくなる。その担当スタッフもできてくる。
そしてさらに成長すると、マネージャーや秘書なるものができて一切のスケジュール管理をしてくれるし、打ち合わせもそばに同行して書記もしてくれるから、手帳というものはいらなくなる時代。もつ必要がなくなる・・気がするくらい、脇のスタッフもセクションごとに成長する。
さらにその先は、一日の予定、アポがいくつもいくつも入りだし、分刻みに近くなるから、秘書と共有の情報を持たないと、プライベートの約束を入れ込む隙間が探せないから、隙間を把握するために、新たに自分の手帳がまた必要になってくる。
デモ大昔の【私頑張ってます!】の時代のような大きな手帳を抱える必要はない。
なるほど、自分の成長とともにその昔なぜ桂先生はじめ私の出会う大方の成功した方たちは私の数十倍仕事をこなし忙しいはずなのに手帳があんな薄っぺらくて小さいのか?と不思議に感じた意味がわかるのだ。
こんな風にたかが手帳されど手帳で、手帳の変遷でその人の度量・技量・などがわかるものだ。
少なくともああー忙しいあー忙しいと【忙しい私】に酔いしれている時代から成長するにつれ手帳は小さくなるという事実。あなたのまわりも見回してみて^^【活躍している自分】をPRしたいんだあの人・・と思われないようにね。
デモかくいう私も発展途上・・・さてこれから手帳はどんな変遷をたどるのでしょうか?楽しみですね。デモ戻ってきてよかったわ〜

庭のプリンセス美智子が美しく満開です。
この苗はこの家を建てたころに浅岡ローズさんからプレゼントしていただきました。一株がこんなに大きくなりました。
★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★
≪自分かもしれない・・・と反省してみよう≫
先日のKAORUKOブログコメントに
『マイナスからこのブログを読むようになりました。』とありそれは
『許しがたい人がKAORUKOさんの弟子だから・・』とありました。『デモそれがきっかけで私のブログを読み出し、感銘を受けられている
ということで
KAORUKO流に言わせてもらうと傷つけられた人がいなかったら
KAORUKOさんのパワーにであえなかったかも!』と書かれていました。
私の5月17日の【意地悪した人、足を引っ張った人に仕返し、復讐をしなかったわけ】を書いた日のコメントです。
きっと、許しがたい人の先生であるKAORUKOとはどんな奴なんだろう?とたぶん、子供の親の顔が見てみたい的な思いだったのでしょう。
デモそれがきっかけでブログファンになっていただき、まして傷つけられたからこそKAORUKOに出会えた・・と感謝とまでは整理がつかないまでも
穏やかな気持ちになれたこと、そしていろいろ考える機会を得ていただけたことはとてもうれしく思います。
それと別の視点で私がこれを引用させていただいたのは
KAORUKOのすべての生徒さんははこれを読んで自分かも?と内観してみてください。
それはそれは、たくさんの生徒さんがいるし、いろいろなかたがいるでしょう。プライベートの範疇まで私が把握しているわけではないから、
「そんな人はいるはずもない」と言うつもりもなく、「そういうこともあるでしょう」というしかありません。
人は私も含めて未熟者。生きるということは魂を磨き人として成長出来よりよい人生を送れるための精進の日々を送るということ。
私の側近やそれに近い距離にいる人は私の生きざまを毎日見て語らずとも感じることは多大にあるようだし、
そうでなくても気がついた「それはおかしい」という点は私は単刀直入に直球でグサグサお伝えする。生徒さんとは真剣勝負。
花の技術やテクニック、形だけ習っても無意味だと私は思うから、心を成長させない限りは人の心をうつ花は作れないと思うので。
デモ感じること受け取ること、魂のしみ入り具合は個人にかかっている。同じ話をしても(読んでも)深くうなずく人もいればまだ準備ができていなくて
耳に壁ができている人もいるかもしれない。
気づきのきっかけになればいいと、毎日寝る間を割いても
このブログを書いているのもそういう私のポリシー。
KAORUKOの言っている哲学はちゃんちゃらおかしいと思う人はKAORUKOの元を去るのだと思うし、私は
来るものは拒まず去る者は追わず。それは人間としても花の道としてもそれは一緒だから。すべてはその人次第。心次第。幸せになる道は一つではないから。
自分で探すのが一番いい。
私のもとにいるうちはブログに書く以上にこれらのことを私をとうして発している。
少なくても今このブログを読んでいる生徒さんは「自分かもしれない」と内観して故意過失(わざと、意図的、またはついうっかり、まちがって)にかかわらずいやな奴になっていないか?と見つめてみましょう。
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05/21: いたずらがすぎました。^^…立ち止まらずに挑戦
私も渡辺先生も他のアーティストもそうだと思いますが、デザインや曲を生み出すときに無から生み出すときの作業はこうしてイメージして空想していると脳裏に絵が見えたり、メロディーが聴こえてきたり…と少なからずその過程を通ります。そういうことなんだけど、儀式なんて書き方してしまったからなんだかおどろおどろしく特別なことでもやっているみたいね。
ごめんなさいね。KAORUKOはいたって普通ですので^^
まあ芸術家なんてものはそんなもんです。使う脳の部分が右脳のひらめきでもあり、それが天と繋がる啓示のように感じられたりもする。古今東西体験している芸術家の感覚というものです。
★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★
≪立ち止まらずに挑戦≫
さて、本日は終日会議の日。いろいろな打ち合わせが相次ぎました。楽しい新しい企画の話も進みました。まだ言えないんだけど、常に前進。立ち止まらない。
常に挑戦。
数年前も、去年も今年も、今日も明日も明後日も同じことの繰り返しをしていませんか?
一見安定のように見えて、それは後退です。
世の中は常に動いています。同じことの繰り返しもしながら、新たなる挑戦をしていくことが実は安定デモある。同じことを守り忠実に律儀にしていいても老舗はつぶれたりニーズはどんどん変わる。競合だって出てくる。世の中も進化しているから求められる価値も変化をしている。
自分として自分だけの挑戦。
その連続が数年後ワンランク上のステージの自分を作るから。安定にしがみつくことは不安定への一途をたどるということにどれだけの人が気が付いているのだろう。30年前20年前10年前5年前の世の中の常識やビジネスモデルや求められていることが変化しているという現実を見つめれば安定にしがみついてコツコツとそれだけをしているということが気がついたら危機を生むという現実。コツコツとそれもして、尚かつ新たなる挑戦をもする。止まっている暇などないのだ。後で数年後にこんなはずじゃなかったと慌てないようにと先々を考えて今日を生きましょう。
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本部認定講師で三越の助手をしてくれていて3月に赤ちゃんを産んだすみさんがサロンにきました。
産後まだ2か月だけどレッスンにきました。少しの間おかあさまにあづけてリフレッシュもかね・・・1歳くらいになったら本格的にまた復帰もしたいとのことです。パリコレもお手伝いに同行したり、彼女のウエディングも私がブーケもドレスもコーディネートしたり、KAORUKOではかれこれ7〜8年?頑張っていましたから育児とも両立させながら頑張る道を探りたいそうです。最近こういう女性が増えています。
頑張ってほしいものです。私も経験上、密室の中でなれない育児をしていると滅入ることもありますが、こうした自分の時間を少しでもたまにもてると、ただいま〜と帰宅した時の子供がなおさら可愛く感じられたものです。
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≪なぜしかえしをしなかったか?について≫
先日の大阪寿司屋での質問です。
一言でよく世間でもいうことは同じ土俵にのるな・・仕返しをするということは同じ土俵にのるということだから、相手と同等になるから低レベルで戦うなということがよく言われます。
それはごもっともなこと。それは大前提にあります。
がわたしは自分がたくさん体験してきた中で自分に言い聞かせてきたことは以下。
私が駆け出しの数年間はいただくチャンスや露出とともにたくさんのそういう目にもあってきた。今は全くなくなりました。以下はそのころから今に至るまでの心のお話です。
私はいつもどんな時でも相手はなぜそんな意地悪をするのか?なぜ卑怯卑劣な手段にでるのか?
ということのその人の心はどうしてそうなのか・その人がターゲットの自分をどうおもっているのか?なにがむかつくのか?
を考えます。そうすると、自分のことでもなるほどそうかもしれないというような第3者的に見た自分の未熟さ加減がわかったりしてだから気に食わない、とかだから足をひっぱってやろう、とか感じるのだなぁ・・つまり私に
そう感じさせる部分があるという原因と、実力もないのにと思わせるあいまいな実力でしかないということを見つめました。なのに抜擢、チャンス、などを手に入れて見えるからおもしろくないのか?と。(私が影でどれほどのつらい苦しみと向き合いながら涙の日々を努力をしているのかを知る由も想像すらもないであろうに)
であれば、あいまいな実力ではなく私がもっともっともっと努力して、自分なりの高みを目指すこと・・それしか解決策はない。コツコツコツコツと努力して結果をだすしかないんだと。
誰が見ても「あの人は違う」「あの人は別格」「あの人はこれが凄い」というような実力を兼ね備えれば。実力とは自分で言って伝えるものではなく、他人が判断すること。その人たちが私について面白くないとか、足を引っ張ろうとかに労力を費やしている時間とは、そこにとらわれているということ。自分はとらわれることなく、そこにとどまることなく、(そこで一生ねちねちやっていてください。わたしはあそこまで行きます)と今より高みをめざしてひたすら何にもとらわれることなく自分の心だけを見つめ自分の目の前にあることだけを向き合うことにしただけ。
気にする、仕返しをするということは、そこにとらわれている証明となり無駄な労力を使うことになる。
そんなころ【最高の復讐とは成功する事】とある雑誌でどこかの民族の教えにあると読んだ。
相手をどうにかするのではなく、もう足の引っ張りようもない高みに自分が自分で努力してのぼりつめれば手も届かなくなるだろう。
その雑誌の言葉にもその時衝撃を受けたがその言葉の本当の意味を僭越ながら自分なりに感じたのはしばらくたってからだ。
無心でコツコツコツコツ前だけをみて精進していれば外野の声も聞こえず、見えなく、それは気にならなくなる。さらに
その境地で進んでいくと、いつしか数段高い位置で頑張っている自分に出会え、仕事もとりまく人間関係も同等に高みにいる素晴らしい出会いが待っているということを知る。そのころは心も少しは磨かれている。
仕返しなどという気持ちより、【そのおかげでここまで私はがんばって登ってくることができた。むしろ感謝だわ】と感じることができる自分に成長している。
仕返しどころか心の底から赦す(ゆるす)思いがわいてくる。イヤゆるすというより、もう気にならなくなり、【あんなこともあったわね】と自分の中で解決ができて受け入れる自分がいたのだった。過去だけはなく、その人が目の前にまだかかわらなくてはならない存在としているとしても、ゆるし、受け入れることができる自分になるのだ。苦しく苦しくにがくつらい道を自分の心と向き合い、孤独ともむきあった果てにたどりついたことだった。
そういう実体験を経てたどりついた境地。
達観できる自分・・・乗り越えて受け入れることになんのためらいもなく「あの人も必死だったのよね。。きっと」などと慮る自分がいることに気がつく。
そしてさらに今ではそういうことは気にならなくなる。自分が自分として頑張ればいいことだから。と。
その民族のことばの意味はきっと、成功してうらやましがらせようという浅はかな軽い意味ではなく、成功といわれるようなそのころには、そこに至るまでの心の成長と実力が両輪となり人間的にも優れた人になっているという意味でもはや復讐の気持ちも消えうせるということで消えるということは完結するということなのだと思う。
と。私もだまだ途上ですが、少なくとも15年前と今の自分を比べるとこんな自分になれましたのです。
*ただし、名誉棄損に当たるような内容についてはきちっと反論することは大切。誹謗中傷か名誉棄損にあたるのかをみきわめないとね。
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05/15: 毎日が学び。幸せを呼ぶ法則・・下段に書いたので見てね

資格認定コースは1日集中レッスンで1日当たり一人12万円のレッスンとなりますが本気の皆さんです。関西地区のKAORUKOの右腕左腕としての幹部候補生たちです。頑張っています。初回なので簡単なレッスンから。


そしてこちらは本日のみ朝から私が担当したアイスフラワーの第2期生のレッスンです。昨日、一昨日とアイスフラワー認定講師たちが指導に当たりました。今後は認定講師たちが指導に当たります。アイスフラワーアカデミーです。

全国に広がるであろうアイスフラワーはこのアカデミーのレッスンが日本で唯一の系統だてて学べるスクールです。ただ習うではなくアイスフラワーを普及し芸術性を追及するための認定講師になるためのレッスンです。
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≪毎日が学び≫
気づきがはじまった人は毎日の生きるすべての瞬間に学びが潜んでいるのだと気がつく。
日を追うごとにこれも学びあれも学びと、自分のことや他人の身の上におきたことでも用意された台本のように学びが与えられて試されているということを知る。
神経を研ぎ澄ませないで、ただ生きているとそれらの深いお知らせに気がつかずにただボーっと学びを感じることなく日々はとおり過ぎていく。
人の言動や物事への対処の仕方やふとした第3者の会話からお知らせはやってくる。
「勉強になった。参考になった」ととらえるか「人ごと」ととらえるかの感じ方は大きな差を生んでいく。
そんな学びは毎日起こる。毎日、イヤ、瞬間瞬間が学びの連続であるという心の眼を開き心の耳をすませられるようになると学びの速度、吸収度も加速してどんどんどんどん精神性(人間性)が変化して高みにいくようだ。
ところが邪心が少しでも入り批判避難の心がかすめると進んだ学びもその倍速くらいで後退していくのではないか?人は愚かでもあり人は愚かでないともいえる。
そのどちらかの道を選択するかも自分次第。
やはりここでも大切なのは無心であるということ。うまくいかないときや失敗をしてしまった時も、うれしい出来事も試されていることにかわりはない。
チャンスは浮足立つとすぐさま泡と消えていき幻となる。失敗が教えてくれる学びを見つめないと倍増して形を変えてやってくる。
自分はなんて至らなく無力なんだろうという自覚を片時も忘れないでいることが実はミラクルへの近道なのだということに気がつく人は本当に少ないのかもしれない。
そういう自分でさえいればなにが起きても地に足をつけて、ありがたい一歩一歩を慎重にふみしめ、瞬間瞬間の価値を知り、エンドレスの精進ができ、エンドレスの修行としての一刻一刻の目の前の出来事を学びをとらえることができる。
真摯に、ひたむきに、ひたすら、コツコツということだ。
それは対極にあるところの
浮足立たない、いい気にならない、なにさまにならない、100年早いという批判避難の発言をしない
、勘違いしない、おごりを持たない、調子こかない、表面的な心にもない謙遜の笑顔でとりつくろわない、依存しない・・・・・
自分でいることができるということ。
そうすれば道は繋がり知らないうちに高みに立つ自分に出会うことができる。
人はいつからでも変われるはず。魂にストンと落ちる学びをいくつできるか?で人生は確実に激変していく。
★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★
一昨日の大阪のお寿司屋さんでの告知の前に今宵はこんなテーマを先に書いてみました。
最近連日、大阪、神戸、東京のスタッフたちに向けて私が話た話をまとめてみた。
人は失敗をする。それはあたりまえ。100パーセントできる人なんてありえない。うまくいったことと失敗したことが常に同居するのが仕事である。
デモ真価が問われるのはそこから先。
そんなとき私は上記のような話をする。すべて自分の歩いてきた体験談から。だから自分の話として胸を張って伝える。
そこから何かを学び取るか否かは彼女たちなのだ。祈るようにいつも伝える。
こんな時間が日常業務の数時間を割くこともある。でもそれも私の大切なお役目。
明日は大阪寿司屋での告知を書いてみたいと思いますが、まぁ答えは上記と連動していますね。。。。^^
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