11/14: 極めるについての考察
今の時代、いろいろな情報が手軽に手に入るから、たとえば花でも、となりの芝生は青く見えるということもあって、あっちはどうかな、こっちはどうかなといろいろな所に行く人も多い。
広く浅くということを徹底していくのもそれはそれでいいかもしれない。
その先に何が待っているのだろうと深く考えないでも。
または、あっちこっちに行きいろいろな認定や資格を取得して、それでもあきたらずにまたどこかの認定に行く資格取得趣味という人もいるらしい。驚いた。資格取得が趣味とは。
あるいは、しんけんに究めたくて習い始めたけど、情報や上手な誇大広告に振り回されなにが本当なんだかもわからずに、こんなもんかと取得した資格になっとくいかずに、また他を探す。
あるいは、講師の先生が皆違うことをいうからちゃんとした先生に習いたいと、入ってから、内情を知る場合も多いらしい。
だいたいはいろいろなところのいまいちな部分を皆さん抱えていて、今度こそと技術や中身の向上をめざす。
極めることがしにくい時代。一生の師という存在に出会うことができにくい時代なのでしょうか。
デモそこを通らないといつまでたってもどこへいっても、いつでも不平不満をつぶやき、現実に目をそむけ、乗り越えなければならない壁に背を向けているだけなのかもしれない。
あまりにもお手軽なおけいこごとの時代。
認定や資格はそれはスタートにすぎない。
そこからが本当のその人の一歩が始まる。
結婚とはゴールだと燃え尽きて、そんなはずじゃなかったというのと似ているかも。
ゴールの先はバラ色ではなく、ゴールの先はいばらの道への挑戦。そこからが果てしないスタートだ。
まぁ本当に、資格自慢の人が多いのには驚く。
私の所に来る段階では、上記のうちのどれに該当するかを見極めて私も向き合わないとならない。
広く浅く、有名人先生に習う趣味で、KAORUKO先生に会ってみたかった?楽しければいい?のか、いろいろ行ったけど、どぶに金をすてたようなものだったから今度こそ!と私に託すのか。???????
極めるとは、やればやるほど難しい。やればやるほど終わりがない。やればやるほど、自分の未熟さを知る。
やればやるほど果てしないと知る。
やればやるほど渡り歩いている暇はないと知る。
私でさえ、こんなに毎日大変なのに。
(今に至るまでも怒涛のように頑張ってきたから今があるのにそこまでやらないうちにさまよってもね)
極めるなんてはなから考えていないのか??
まぁどちらもありですが。。。はじめから極めるなんて考えなくても、継続するということががいろいろなものを見る目を養うことは確かだ。見えてくるものがある。
継続は力なりとは、そうすれば力がつくよでもあるし、継続するには力(パワー、エネルギー、真摯さ、素直さ、ひたむきさ、)
が必要だ。
そのどちらともいえる。
デモ私は最近後者の方に真意を見ている。
誰に出会うか?は大切ね、
*明日こそたまった写真をアップします。
お楽しみに〜
また今宵も27を過ぎてしまう・・・はよねないと。
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11/13: 身の程を知るの考察
もう8年位来ているアルバイトの子が「毎日先生のブログを見て浦島太郎状態ですぅ〜」と数日ぶりに来た今朝私の顔を見るとそういった。
自分がここに月のうち数回デモ来ているのが信じられないくらい速度が速くて次々にいろいろな展開があって・・・と。自分がいてもいいのだろうかとドキドキします。と。
そして「先生のブログでいろいろな知らなかった世界を垣間見れて、自分の住む世界の階級は、この辺なんだと、限りなく低いことを知りました」と足の膝くらいを見下ろしてそう言った。
インドのカースト制とまではいかないけど、、ヨーロッパにも階級があり、クラスがあり、日本にも実はあるんだけどだれしもがみんな同じとおもいながら生きてきたから、あえて、身の程を知る意識をしないと、こっぱずかしいのだということを教える。
「そうでしょ、だから私がブログに書いたこともあるけど、
ブランド物の財布やバッグをひとつやふたつみっつ、持っているからって、背伸びして自分がすごいような気になる虚勢のためでないかどうかを自分自身に問わないと、そんなもんひとつやふたつをお金貯めてがんばって買ったからって、そこを見る人が見れば笑われちゃうということ。
自分がそれを本当にほしくて好きだから持つのならまたそれは意味が違うけど。
そんなよりは、1000円でも自分にあうようなものをTPOに合せて取り換えた方がよっぽど素敵よ。
ってこと。
「知らないと恥ずかしいですよね。これ買ったんだ〜、これ持ってるんだ〜って心で思いながらちらつかせる」
「桁の違う人たちとは違って私たちなんか、やりくりしながら、なにもそこまでと見られているんですね。」
と雑談が始まる。
「それと、昨日や今日花を勉強し始めた私たちがKAORUKO先生のそばを一緒に歩くだけで、皆が見て皆が写真を撮ったり羨望で寄ってくる、自分もその光を浴びているだけなんだとようやく思い知りました」と
ある弟子の一人が。
幕張メッセで行われているIFEX(花の国際博覧会)に私は昨年も今までも何回か講演を依頼されていたが、今年はそれもないし、今年はいく暇がないから、彼女たちは今年は個人的に行って来たらしい。
「私なんかその他大勢のおばさんで、誰も私を見向きもしない。あたりまえだけど。いつも先生とああいうところは、ついていかせていただき、私にまで最敬礼していただくのを改めて、先生の傘の下で光を浴びてるけなんだだと知りました」
いつも勘違いしてはいけないよと言い聞かせていることでも、ハイそうですねと聞いていても人は本当にわからないものらしい。
「友人や知人が凄いわねあなたと、言っている意味が私のKAORUKO先生の所に行っている、ただそれだけがすごいだけで私のつくる花を見て言っているのではないことも、ようやく最近わかりました。そこに行けるそのことがすごい。つまりあなたを通して先生を見ているだけです。そこを勘違いしては成長しませんといつか神主さんにご注意頂いた意味がやっとわかりました。」
人は簡単に勘違いをして舞い上がる。自分がすごいとおもいたがる。どこかで笑われていいることも知ろうとせずに。
私は自分自身が下積みから長年コツコツやってきて、いろいろな味の涙を飲み、一瞬の光のための闇の長さと深さを身をもって知っているから、いまのKAORUKOに対して皆さんがしてくださる言動も俯瞰してみることができる。
が、昨日や今日(3,4、年のこと)花をやりだし、私について活動している人たちは(勉強参加、手伝い、弟子)
こういうことに勘違いしてしまう場合が多い。
自分が偉い気になってしまう。
これは世の中の常。
そこをどう勘違いしないでコツコツ歩いて行けて、身の程を知る日々を送れるかがその人の真価を問うことになる。
だからこそ私はぼこぼこにするくらい一刀両断しながら彼女たちに接し、勘違いしないようにと、あえて厳しい言動で身近にいる人にほど接する。
そうでないと、私からも優しくされると、一人で木に登るを通り越して宇宙まで行くに違いない。
人とは愚かなもの。
そんな姿を人は遠くから見て観察しているのだ。
顔になにが書いてあるかを読み取る人はたくさんいる。
だから、余計なことは考えずわき目をふらず目の前のことをコツコツ積むしかない。身の程を知れば、それができる。それしかないと分かるから。
それができた人があるとき気づいたら、とんでもない所に立っていた。ということになる。
私もまだまだ途上だから日夜こうしてコツコツコツコツ。。
模索しながらも自分の目の前にいただいたお仕事を一生懸命やり、出会う生徒さんに向き合う。花嫁さんに向き合う。そんな日々です。
身の程を知ることはとても大切ですね。
そういえば渦中の結婚詐欺の女性の評判も、カリスマと聞けば美容院も料理教室もおけいこごとも
有名な先生のところはすべて顔を出し・・・という証言に・・・
「身の程を知らない人だったんですね」とコメンテーターが言っていた。
いろいろ考えさせられる日々。
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10/17: いろいろ思うこと。
〜引用〜
今の日本はレールから外れると下流社会に組み入れられてワーキングプアの道しか残っていない。偏差値教育、派遣切り、自殺多発など閉塞感に満ちた社会である。天下りや団塊年齢層の既得権は若者の格差社会の上に成り立っている・・・と
この本は放浪ニートのすすめということで世界に出ればいろいろなことに気付くよという自分も若いころ世間の情勢のせいでなく自らヒッピーという時代があり・・・という経験なども引用して、以外な自分の発見や、過去との決別などいろいろな気づきがあり、閉塞した日本社会にとらわれる必要はないよという内容で結んでいたけど。
本日ニュースを見ていてもそんな若者の雇用問題の件ばかりやっていた。
深刻な問題だ。
一度定職から離れると、あるいは、切られてしまうと再就職は本当に困難な現状があり職業訓練的に国が行うも雇用率は下がる一方らしくスパイラル曲線で悪い一方らしい。。
新卒で採用されない場合は中途はさらに難しく高学歴ニートも多く、一生、起死回生が困難な格差社会の構図ということばかりやっている。
そうなると生まれる前から子供の格差、いや、産む選択もできない、いや結婚もできないという悩みも・・・
深刻な問題だ。
「夢は思えばかなうのか」という悲観的な思考になって悪循環の始まり
やればできるという希望もやればという場があり、温かく見守る環境があるからこそプラスで考えられるのだろう。。
外資系ブランドも日本にみきりをつけて撤退や縮小が増えているみたい。
一方で私もよくいく中国やヨーロッパのブランド店ではアラブ系の人や中国の富裕層がものすごい勢いだと目の当たりにする。
日本は退行しているのだろうか。。
悲しい。。なんとかしないとなりませんね。
夢や希望に燃えて生きていく人生を何とかしなければね。
なんて考えたりしました。
★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★
今日は岩手県から短期集中で新しい生徒さんがブラプリコースに入りました。
希望に燃える50代です。上記の話のあとに対照的だけど、最近私のところには希望に燃える50代、60代、70代の女性が多い。
本日はほかにも新しい生徒さんがもう一人。幸せそうな生徒さんたちの笑顔にブログで魅かれてついにKAORUKOレッスンにきたのだそう。
そのあたりのレッスン公開は日曜日に一挙公開します。
本日発売のぷりふらという本にもKAORUKOのページがありますので明日公開しますね。
お楽しみに!
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10/06: 学びたい、育ちたい、と思っているか?
〜山野愛子ジェーン先生のブログより〜
「教えて下さい。育てて下さいでは伸びない。学びたい、育ちたい
という気持ちがなければ身につかない。」
とあった。
本当にそうだ、その通りだ。
耳の痛い人はたくさんいるだろう。
何事も自分なのだ。
そこに行けば、そこにいれば、なんだか育つような気がする、育てていただく、ではないのだ。
さらに言えばそこにいれば凄い人になるような気がする・・・ありえないそんなこと、ただいるだけでは。
自分がどうなのか?
そこをわからない人が実に多い、そういう人はいつまでたっても伸びない。いつまでたっても。
自分で育つ、学ぶという貪欲さがないからだ。何のためになにをやっているんだろという人。
足があるからくる、時間があるから費やす、手があるから手伝う、
では駄目ということ。
本当にそうだと思ったから皆さんにも。肝に銘じて思い当たる人は省みてください。
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レッスン模様は何日も続くので数日まとめてご覧に入れます。本日の私はこんな感じです。
キット日本でもコレクル!(流行る)ということで数か月前にロンドンで仕入れたヘアアクセサリーです。最近タレントさんやモデルちゃんもつけていると言っていた。生徒さんがお揃いを先日買って行った。ちなみにKAORUKOブライダルプリザコースではない。。汗
どうこれ?かわいい?私のはカチューシャですが、こんなパッチンドメみたいのもあるし、羽でできた帽子がついたカチューシャも^^キラキラもちゃんとついているところがはずしてないですね。KAORUKOブランドキラキラみたいね。


今ブライダルプリザーブドコースブラプリコースがとてもたいへんなにぎわいになっています。さて昨日御紹介したクッキーの話からいろいろなお店のことを考えてみました。
わざわざ行きたくなるお店。わざわざ行き手に入れることの価値とは?
だいたい行列ができるほど人気になると、次に皆考えるのは店舗を増やしたり、通販で買えるようにしたり。
そうなってしまったら価値がなくなるのになぁ〜などと私はいつも思っている。
そしてそこに行って限定いくつとかいうできたてをいただくからおいしいのであり、どこもかしこも通販では、ビジネス的には倍々の売買になると踏むのだろうけど、それはそうではなくて、わざわざ行くから価値がある、そこしか手に入らないから価値があるということが無くなれば、人は興味がガクンと減りいつでもどこでも手に入るとなれば、希少価値もなくなる。そして拡大すれば人から人へと、人の手は誤差を生み、本来のおいしい味が狂ったり、大量生産では味は落ちる・・ような気がする。
そんなふうに考える人が離れていくと、商売は下がっていきだす。倍々の売買どころではなく誤算となる。
拡大した経費を維持するために材料費をケチったりと・・で、ますますおいしくなくなる・人の教育も行きとどかなくなる・・などとなり。そしてつぶれていく。。なんてよくある話だ。
誰でもいっときは陥りたくなる拡大路線。
私もかつて、東京に2か所、横浜に2か所とアトリエサロンを構え正社員を数十人と雇い拡大路線にいきかけた時があった・・が、ふと考えると、「私は何がしたいの?会社の社長になりたかったわけ?フラワーデザイナー、フラワーアーティスト、ウエディングプロデューサー、・・なはず。なのに、お嫁さんの顔さえ見ることも少なくなり、現場で花嫁さんの笑顔を支えることもなくなり、これは私のやりたかったことではない!」と気がついた。早く目が覚めてよかった。
それからは、店屋や会社ではなくKAORUKOとしての活動に戻したのだ。
よかった。だからいまがある。中国の話も中国の富裕層は花屋を求めてない、フラワーアーティストの誰に手掛けてもらうか?だからと言ってこんな日本の私に声をかけてくれたし、フランスからのコラボの話もしかり。日本中の花嫁さんや生徒さんも今はそういうことでKAORUKOをお選び頂ける。
何事も心をこめる魂を込めるという基本を本当の意味で維持しながら、ビジネスを保つのは簡単そうで難しい。
何事も口があれば心をこめてとは言えるし、字はかけるから、張り出すこともできる。
全員が心の底から心をこめてという実践がどれだけ浸透していけるのかがどこでも誰でも課題だ。
わが社でもスタッフたちの毎日の基本はすべてそこにある。心をこめてさせていただきました。と必ず言う。
そうかしら???と思うことがよくある。心をこめる、魂を込めるとはどういうことだか本当に知っている?と聞いてみる。
考えさせる。ひも解く、想定空想物語を話しながらの例をもとになぞらえる。たいていは、「心をこめたと思っていましたが、まだまだでした。はき違えていました。自己満足でした」ということが多い。皆さんも時折立ち止まって省みてみて。
心をこめる魂をこめることについて。
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08/30: 25ansにKAORUKO取材記事満載です。見てね

私も驚いたのは、こんなに大きく1ページにわたりKAORUKOの出版記念パーティーの報告です。25ansウエディングが出してくださった私の「KAORUKO花スタイル」。25ansさん本誌の方にこのように大きく取り上げていただき、とてもうれしいです。

その時発起人で私を盛り上げて支えてくださった
友人の方々や、リッツカールトンの素敵な空間で素晴らしいお料理の数々や、もちろん私の花のことも。

25ansをぜひ買って見てみてね!

左ページの大きな写真の金髪の女性は金髪にした私だと驚かないでください。笑
★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★
乗越神社に行ってきました。
自分を見つめ内清浄のために。
囚われない、惑わされない自分というものを持つためにリセットするきっかけを持つのは大切です。
もうすぐ秋ですね。
1年はあっというまです。
明日は選挙ですね。日本は変わるのか?日本は変われるのか?
失業率が過去最悪と昨日のニュースでやっていました。
精一杯コツコツと一歩一歩頑張るしかないですね。
秋風と共に心機一転日本も良い神風が吹くといいなと思います。
デモ神風とは、自分たちが精一杯何をしてきたかで吹くもの。
何もしないところに、奇跡の風は吹かないのです。
日本も個人個人も。
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08/25: 非現実のみを漂う浮世離れではなく現実の延長の非現実
六本木ヒルズクラブでランチをしながらランチミーティング後、恵比寿のウエスティンホテル、でケーキセットをいただきながら、後、マンダリンホテルカフェにて。
という流れでした。がヒルズにて待ち某けしていたら、ナントそのうちあわせは私が日程を見間違えていた!というお粗末な顛末でして・・トホホと言いながらヒルズのランチを背に帰るの図。
お打合せはエキサイティングでした。
中国、フランス、でのKAORUKOの件や、プリザの日本展開の面白いお話の件。
まだ言えない言えないですが、楽しみですよ。
こういう一日は現実のなかに非現実を見るという意味で私の脳みそが非現実にワープすると昨日書いたように、難しい仕事の話をしながら、これが成功したら、・・と自分があの国、この国での仕事や余暇を満喫している姿を描くのです。挑戦して達成感を得ているすがたを。
それが厳しく辛い精進修行の現実の中に垣間見る非現実空間への思いです。
何もしないで非現実を漂い、浮世の人になり、現実味を帯びない危うさでなく、日々走り続け精進しているからこその繋がる意味のある非現実。
こんなつぶやきも皆さんの考える参考になるらしくコメントが多いので、今後も以前のように日々の報告のみではなく、こういった話もモリモリ書いていきますね。
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08/25: �仝充造犯鷂充造里呂兇泙鮃佑┐襦伸▲譽奪好麑詫�
先日仙台の七夕祭りの日に私はウエディングだったので人仕事を終えて新幹線を待つ間にお寿司にしては時間もなく、かんたんなお蕎麦屋さんに入った時のこと。
隣の席に座った女性二人の会話が嫌でも耳に入り。
どうやらOLさんが仙台七夕に3連休に遊びに来たらしくとても楽しかったらしいのだ。
「あ〜明日から現実が待っているわ」
と一人がため息交じりにつぶやいた。
誰でもあるであろう、そんな思い。
「現実があるからこうした非現実が輝いて見えるのよ」
と一方が答えた。
「そうよね・・・」と二人はお蕎麦をすすっていた。
現実と非現実の間を行き来して人は自分の心と向き合う。
次第に行き来する頻度は少なくなっても現実だけと向き合う自分になれていく。
私は非現実に行く時間もなく現実を走り続ける期間が長くても現実の中に非現実を垣間見るスべが自分の脳みその中でできていく。一瞬だけの脳みそのワープ。
非現実だけの日常だと、やがてそれらはたいくつすぎて忙しく厳しい日々の現実が欲しくなるのだろう。
現実があるから非現実がありがたく非現実があるから現実もまた良い。
一方から一方を見ればいつもそれは輝いてい見えるのだ。
そして人はそこを去った時、こんなにも輝いている場所だったのだと、身を置いていた現実を離れてみたときにはじめて知ることになる。
非現実より現実が実は輝いているのかもしれない。。
〜な〜んだかわけわかんないこと書き出してしまいましたのでこの辺で終わりにします。汗
★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★
さて!話題を変えて。
レッスン模様公開です。お待たせしました。
サロンレッスンならびに木更津アトリエレッスンです。今プリザーブドの私のあの作品群はここに飾られています。そしてここ木更津でもいよいよプレスタートが始まりました。





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ブライダル業界の津々浦々のほとんどのホテルや、写真、美容、ドレスなどの関連の会社の方々の情報誌ですが、恐縮です。
ありがたいことです。これからも頑張らなくてはなりません。
面白いくだりがありました。
〜プリザーブドフラワーを製品化する過程ででる花びらをKAORUKOの魔術の技法でブライダルのテーブルフラワーに変身させてしまうアイディアがプリザーブド革命として注目されていました。〜
私は魔女か?笑

KAORUKOマジックで・・・とかはよく言われたり言ったりもしますが、KAORUKOの魔術の技法で変身とは・・・なんだかすごそうですね^^
写真もマントをひるがえして、けんすけさんによる金髪のウィッグのヘアスタイルに花なんかつけていますので、魔術を操る妖しいなにものか?なんて知らない人がみたら思いますね。
次はラスベガスでなんかをやってみようかしらん。笑


それはともかくとして、とにかく光栄なことです。身の引き締まる思いでさらに精進いたします。
★★★★★★★★★★★★★★★★★★
�∈鯑�の撮影の勉強参加をしていた黒子の弟子たちとの問答。
私がクリスタルの玉にワイヤリングをしていたものに「足をつけて」とカメラマンもカメラを構えて待っているというのに、ぐらついていた玉をぐらつかないようにワイヤーを足すのですが、それを咄嗟に手渡しました。
そして、そろいもそろって私に作業をしてもどしてきたものが、足がつけられていずに、とんでもないお門違いのワイヤリングをしてきた。
カメラマンをまたせているというのに、私の指示ひとつ満足に答えられない弟子たちがいました。
「足をつけて」といえば、KAORUKO技法ではわかるはずなのです。何回も習い、手伝い、学習をしてきたのにです。
そしてすべてやりなおしをして、さらに時間をかけるはめになってしまった。
「足が着けられない」これは足がついていない、つまりは浮足立っている、すなわち地に足をつけずに浮きあし立っている自分という解釈がそこでできるのでした。
撮影で高揚している自分、最近いいことばかりで調子に乗っている自分、できるはずと過信している自分、そんなときに失敗はやってきます。
それがこの形で目の前に現れた。
こういう形でいろいろなメッセージは日々瞬間瞬間に絶妙なタイミングでその人の心や生き方、を投影して具現化して見せつけてきます。
いつか書いたタコの話もそうです。
そうして弟子たちは自らを省みて、気を、身を、引き締めないとならない、地に足をつけて精進しなければならないと思いを新たにしたのでした。
こんな学びの瞬間のお話です。そんな禅問答のようなことをしている黒子の弟子と私の毎日です。
(生徒とは異なる弟子です。花を通して人の道、生き方、人生を学びます。)
皆さんも心の耳を澄まし、心の眼を凝らすと、こうしたお知らせや学びは常にやってきます。
感じてみて下さい。
★★★★★★★★★★★★★★★★★★
本日は木更津レッスン。先週の火曜日と合わせて本日の模様は明日一挙公開いたします。
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08/04: 韓国禅問答
今回はいつもの24時間滞在とは異なり2泊3日で充分満喫できました。朝昼晩中間、夜食と韓国料理三昧です。今回は生き蛸に挑戦です。


日本人はあまり知らないわよね。この生きたタコの踊り食いというかなんというか・・・ここはカットされてきましたが、お皿の上でにょろにょろとうごめいています。しっぽを切られたトカゲのしっぽがそれでも動いているあれのような状態です。またはホラー漫画さながらです。
今まで生きていたタコをカットしてすべてがそれぞれに動いているのです。カットしてあるだけに逆にみみずに見えました。同行のスタッフは青ざめていました。普通はもう少し長いたこあしを箸にぐるぐる巻いて口に入れると口中に吸盤で張り付いて凄いことに。初めて食した時は絶叫するにも口があかない状態でした。今回は細切れのタコ足がそれでも動いているのです。箸にからみついてきてゴニョゴニョどぐろ巻いています。


そしてお約束の焼肉と別の店の参鶏湯さんげたん。
やはりいつも行くところがおいしかったわ。いつものさんげたんは先日のブログで送信した写真です。


で、某ブログで読んだアワビのお粥をぜひいただいてみたいと思い、実は滞在中に3回いろいろなお店を見つけて。
お店によって異なるお味。。でもやはり癖になります。あわび粥。
★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★
そしてその間、街中の屋台で売っているえび天みたいなのとかホットドッグを食し・・
にんにくはポリポリと。当分またハードスケジュールでも乗り越えられそうです。
その間韓国のKAORUKOライセンシースタッフと打ち合わせをしたのでした。
初日はKAORUKO Tシャツを着たりと日本でも着ないし、はかない黄色いサンダルをはき、リラックスします。
★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★
うごめくタコを見ながらの人生の考察
皿の上をうごめきにょろにょろとしている様はまるで地獄絵で人が手を高くあげてたすけてくれ〜といっているようなあの絵をおもいださずにはいられません。
デモ人生のようですね、ねたみそねみ足の引っ張り合い、ドロドロとした人間性から脱出しないと、
常にまやかし、目くらましの毎日の中でひっかかって、そうだとも気がつかないで自分の姿が醜くなって行くのも分からずに生きているのがほとんど。
真実は何か?を自分の心の目や耳で研ぎ澄まして感じるようにしないとならない。でも見えないものを見るためにはまず見えるものを見極めることを出来なければ
見えないものを見ることなででできるわけがない。
見えることを見極めるとは、人の言葉や意図に左右されずにブレない自分を保つ日々を過ごさないとならない、ではそれはというと、目の前のことをコツコツと、そしてそれ以上の挑戦苦行を自分に課すしかない。滝に打たれたり、お坊さんが難行をするように現生に生きる私たちは現実の自分の仕事などがまさにそれであり、逃げることなくそれることなく、自分に課して乗り越えるしかない。
その連続が真実を見極める目を持ち、見えないものを見る心を養う。
そして魂の純度がどんどん上がり、人としての透明感を増す。人の道は神の道というけど、人として律して道を歩き続けることは神様に近づき、反対を行えばこんなタコのような世界に身を置くということ。すべては自分次第。
そんな禅問答のようなことをいちいち言いながら食事をする私に同行のスタッフはいつも仕事でガミガミ言われているのとは違い、スッとしみていくようです。
*タコのこのうごめく様がそうだという比喩でタコがそうだという意味ではありません。またたこさんを卑下しているのでもなく、たこさんはおいしいのでした。
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