01/12: 気づきの始まり。
そんな中、高校卒業して刀を作る鍛冶場みたいな道に入った20歳の青年の取材をしていた。
その道の刀作りの師匠のところに弟子入りしてからというもの、この2年、携帯も無い、給与は弟子だから無し、そして3食自炊、朝から晩まで修行の日々。師匠について刀匠を夢見て精進をしている日々。大学生が親から仕送りしてもらう金額を親から大学に入ったつもりで仕送りしてもらい最低限の生活をしているとのこと。
一人前になるまで給与も当然無い状態が続く中、自分はまだ一人前ではないからと酒もたばこもしないと決めたらしく過去の仲間との成人式再会の同窓会でもひとりジュース。
まるきり顔つきが違う。真摯に自分を律しひたすら自分の道を精進しているという顔。
「刀はすぐ作れるようになりますよ、そんなのは見てれば。でも作るその刀から人が何を感じてくれるようなものを作れるか、大切なのはそこ、人生そのものだから」みたいなことを師匠の名人は言っていた
まさにジャンルは違えど同じだ。
私がいつも弟子たちに言うこと。(50代以上の弟子が多い)
花は見てればちょちょいのちょいとつくることは見よう見まねでできる。でもその先が勝負。だいたいの人はそこで、こんなもんだと高をくくりできた気になる。(特に年を重ねてきた人ほど垢にまみれていることも多いからてっとりばやく要領よくしたいと考える・・・そういう生き方をしてきて、はたとそれは違っていたのだと、自分の作る花との違いが何であるかを知りたい、突き止めたいという思いに気がつく人はまだ救われるのではないか?
人生をなめてはいけないのだと、KAORUKO先生の花に出会い気がつかされたと。・・みなが自戒するセリフ・・・
人生後半になり気がつく人が多い)
でも本当にその花を見た人が何も語らずとも何かを感じ、涙を流したり心を揺さぶられるように感動を与えることができる花をつくれるか?
そこまで行くには道は果てしない。なぜならその人の人生そのものであり、生き方が花に出る。生きざまというか、何を考えどう日々生きているかということが。
人間の顔にもそれが出る。
花にも刀にも同じことなんだ。何の仕事でもおなじだろう。
20歳で気づくか、55歳で気づくか?は大きい。何歳で気づくか?でもきづかないまま人生の終末を迎える人も多いだろう。
何歳からでも遅くない。
道を極めるということはそういうことに気がつかせてもらう日々。
自分は何者なのだと。
人生が変わらないはずがない。
*明日は大阪。今宵は神戸。写真は明日公開します。^^
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