なんだか眠れなくて、今丑三つ時。

明日もまた早いのにベッドで寝返りばかり打っているよりもこうして思いをつずることにしよう。

中田選手の引退表明。ネットの全文を読んだ。

僭越だが彼の走り続けたこれまでが、痛いほどわかる気がした。
子供の頃から傍らにあったサッカーボール。蹴るたびに、追いかけて走るたびに、重ねた夢。大好きで大好きで、仕方のない片時も離れる事のないサッカーボール。

夢が形になり仕事になった時(プロ)それはこの上ない幸せだと思いをはせる。だから皆まっしぐらに突き進み夢を夢見る。

でも、その頂点に立ったとき、それは始まりに過ぎない事を知る。
立った者しかわからない世界が広がる。
ひたすら走り続ける。次のゴール(目標)に向かって。
それは自分と向き合い、孤独と向き合う作業。

張り詰めた神経が日常になり繊細な感性がますます研ぎ澄まされていく過程で。

賞賛と酷評。自分は自分でしかない。それ以上でもなくそれ以下でもない。今の自分を精一杯向き合って表現しているだけ。なのに人はいろいろ言う。

だからバリアを張る術を知る。能面のように無表情な自分。・・・・自分は、もっと笑うのに。自分は本当はこんなに弱いのに。自分は本当はもっとお茶目なのに。・・・・表情にも心にもバリアを張る。もう一人の自分それも自分なのだ。本当の自分は自分が知っていればいい。
目の前の仕事をただ一生懸命向き合う。走り続けるのみだ。

おそらく中田もいちろうも松井秀樹もそんな風に人間くささにふたをしているのだろう。自分がそうだからよくわかる。

誰かにわかってもらえなくても、自分だけがしっていればいい・・・と、いつしか自分に言い聞かせて。

プロというのは、そして、一流の仕事をするのは、厳しさが伴うということ。孤独だということ。
大人になるということ。

どれだけ涙を人知れず流しただろう。
どれだけ奥歯をかみ締めただろう。
どれだけ得るものの代わりに失う代償もあっただろう

一人天を仰ぎ見る時、あの頃きらめいていた夢はなんだったのかと思いつぶやく。

数万人の中から、今ここに立っているというチャンスをありがたくも思いまた明日もあさっても立ち上がり走り続けるのだと自戒する。
感謝へと変換して。

あの頃純粋な目をして、見ていた夢へ今いる感謝を忘れてはいけないと天を仰ぐ自分に言う。
葛藤の毎日の中で片時も休む時間もない毎日の中で、こんな自分が、でも幸せなんだと言い聞かせながら。

休む事も停まることも留まることも許されない。
でもそれは自分が選んだ、かつてきらめきを伴ってみていた夢。

やり遂げた。精一杯やり遂げた。時に絶望、時に奇跡の中で。
これから自分はどこへ行くのか?

誰かのためになにかのために自分のすべてを伝えたい。また違った表現のしかたで、自分が歩いてきた道を、これから夢を見る誰かに伝えることができるのもまた自分の生きてきた証であり、使命が伴うのかもしれない。
また新たなる挑戦が始まる。

KAORUKOの思いと重ねて・・・勝手に解釈してみました。
KAORUKO

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私は全くサッカーや野球には興味がないんですが、プロとして一流を保ち続けている人間力、つまり、その人の心のあり方生きかた、に興味を持ちます。
思わずこんな夜中したためてしまいました。
そろそろ白々と空が。
おやすみなさいzzzzzzzz