浅井さんです。かれこれ12年ほどでしょうか。
子供たちが小学生の頃から大学生になるまで我が家に住み込み同然で勤務した、私を支えてくれたお手伝いさんです。

持病の養生のために3年近く前に還暦も過ぎたし、子供たちも一人は留学でいないし、一人は高校生だしと、退職しました。(若返ったでしょ?)

横浜サロンレッスンにきた人たちは「懐かしい〜浅井さん」とみなさん思っていることでしょう。この画面を見て。


12年といえば専業主婦の傍ら好きな花の仕事をリビングで時々教えていたり、ブライダルの花を時たま手がけたりの私が桂由美先生との出会いにより、人生が激変し、世界のショーのフラワーデザイン担当で毎月の用に海外に行き、契約先も増え年間2000組のウエディングを手掛け出し、雑誌やテレビの取材も増えだし・・子供も思春期で難しくなりだし・・・KAORUKOへの変遷で激動の時代。

それを本当に家族同然で全員に向き合い、頑張ってくれました。

「ピンポンおして入りなおしてきなさい」
と、挨拶もちゃんとできない取引先の若い子にそういって指導したり、下手な植木やさんがオリーブの剪定をいい加減にしたひにゃ、ガンガンガンガン文句を言ったり
と、普段いない私に代わり楯になり、この家の主として、デモ温かく皆さんに対応してくれた肝っ玉お手伝いさんです。

最近の私のこのますますの多忙さに、テレパシーが通たようで、「お呼びでない?」と電話があり。

ひっちゃかめっちゃかの私の身の回りをお世話しに来てくれました。

考えてみれば子育ては大人になったからとはいえ、この12年よりまた各段KAORUKOは忙しく日本中と世界を飛び回ったり、レッスンや打合せやブライダルと見える仕事のほかに夜にはたとえば、9月下旬からの東レのデザイン始め、数か月さきまでの御依頼のデザインを考案したり、原稿を書いたり、そんな見えない仕事がどれだけ多いか?そうなんですよ。ブログで見える行事予定の毎日よりその夜の仕事の方がさらに多いのですよ。

そして寝る暇をさいて食べること、料理つくることは怠らないけど、身の回りの整理整頓している暇があれば寝た方が体のためになる・・・と。
この頃の私でした。

滅私奉公のお弟子、下積みのスタッフ、秘書はいても、さすがに私の下着の買い足しや秘密のことを頼めない。

が12年過ごした住み込み浅井さんならね。
知り尽くしているのでね。。

だからお手伝いさんだった浅井さんは、これからは身の回り秘書として再活躍をしてもらうことに!
あ〜スッキリ!

今日は久々に浅井さんの味も堪能。^^