11/04: 人の道を導く日本の神様

今日は乗越神社に行きました。大祭という一年で一番大切なお祭りだそうです。本日は素の私で行きました。から髪の毛もこんな感じで素ッピンに近い感じです。
神様の前で着飾っても全てお見通しだから素の私。一応礼節はわきまえているから普段着というわけではありませんが、仕事とは違う私です。
忙しいなかわざわざ足を運ぶということが大切。忙しいからこそ来るということが環境を換え自分の行動範囲の中で煮詰まってしまっていることを打開するきっかけにもなる・・・と誰にでも言える学びのお言葉がありました。
デモ私はおおくのたくさんの弟子や認定者や生徒(コースや方向性、心構えなどから、自分の立ち居地や呼び方や認識、私との心の距離はそれぞれです)
がいますが、この言葉とても良くわかる。それぞれの人たちも「来て良かった」とくることによるヒントやパワーや何かを感じるようだし(KAORUKOのもとへ来るセミナーやレッスンやショーや、お手伝いや、撮影参加など)
私自身も自分の立場による参加しないとならない会議や、行かないとならない集会や、・・・たとえば台風だったり、熱ぽかったり、風邪がぬけていないとか、仕事がそうでなくても押し寄せているなど、いろいろ「やめちゃおうかな」と私一人くらい行かなくても・・・などとチラッと脳裏を掠めるときがある・・・デモたいていは奮い立って行く・・・そんな時にありえない出会いがあったり、チャンスのお話につながったりする。人生の飛躍はそんなときにつかんでいる気がする。行かないほうがよかったなんてことはまずない。
自分自身も皆サンをみていても、見えない道の見えない仕組みとはそういうものだと実感する。
そういうときほどこそチャンスなのだ。デモまた見えないなにかが耳元で行かなくてもいいよ・・といけない理由をささやくのも確かだ。最後は自分で決める。ささやきに耳をかすか?奮起して歩を進めるか?
道の分かれ目はそういうものだと確信している。だからイヤだな〜といけない理由が勝ちそうになるときこそ行って見るといいということだ。
暇なときに来るのは誰でも来れるんです。あまり意味はない、忙しいときこそ来る・・それがその先を拓くことになるんだけどわからない人のほうが多いんですよね。。と宮司さんの深い御神託に自分をかえりみてそう思うのでした。
また御神託としては【上は神なり、かみは神なり】
このごろ宮司さんとの会話出よくきく言葉が本日も。
髪も神、紙も神、上も神、上から下へ流れてくる水も神・・・神社も水で清めた手と口を紙で拭いて神様の前にあがる。
先生も師も上だから神、上座の人は神・・・
だからそういう上にたてついたり、反抗したりしてはいけませんよ・・・絶対自分に返ってきますよ。神様に反抗しているのと同じなんですよ。上にいる人はそこに行くまでにどれだけの苦労や苦悩を乗越えて行っているか、上でいいな、光をあびて良いなと思っても、その一瞬の光のためにどれだけの闇を知っているか泥の中をはいつくばってがんばってきたか、それをそこまでやっていない立場で上に意見するということは神様に意見をしているようなことです。自分がそれ以上にやった、やってやってやってそれくらいにならないと、私が私がという我もなくなるほどやった人でないと・・・
いつもありがたいお言葉にはっと気がついたり、自分の信念も間違っていなかったと確信したりするのです。
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