マンダリンオリエンタルホテル東京です。
 
今日は2階のカジュアルイタリアンのヴェンタリオにて。
藤原さんの三越卒業(定年退職)の御祝と感謝の会でした。私の手つくりプリザをプレゼント。藤原さんの入社時から退職時までの各配属先の方がたのさらに仲良しの方がた総勢数十人です。


横浜三越時代のブライダルや友の会の皆さまと。
薫子からKAORUKOへのきっかけはこの方たちとの出会いのおかげです。1996年今から11年前のことでした。その物語は・・・・
 
マンダリンホテルからのサプライズでケーキのプレゼントが「お疲れ様」と書かれてあります。
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話すと長いのでかいつまみますが、まだ私が専業主婦の傍ら好きなフラワーアレンジメントの教室をマンションで始めだしウエディングもぽつぽつと手掛け始めた頃。1996年の夏。
東奔西走して夢だけでがんばっている姿に横浜三越さんの友の会の先生に推薦してくださるという思っても見ないありがたいお話が舞い込んで来ました。そのとき紹介されたのが友の会の小林さん(最後列中央・・今は本店友の会の重鎮でご活躍)とこの藤原さん、 筒井さん(左から2人目・・今は本店)です。当時GMだった藤原さんは「へーえ、そぅ、一組一組カップルと話を聞いてオリジナルの会場装花を手掛けているの?!これから日本のウエディングはそうなるのかね!」と驚きながら関心を寄せてくださり、無名の私を「じゃぁ、横浜三越のブライダルフェアでそれ面白いから展示してみる?」ということでまったく駆け出しで無名の実力もあるのかないのかもわからない私などに8階催し物会場を与えて下さったのでした。「そうそう桂由美先生のブライダルショーもやるからそのドレスに合わせたブーケ作る?」とも。「でも桂先生にお伺い立ててみるからOKでたらね」。。それからと言うもの、もうおわかりのように今のKAORUKOになったのは、そこで夢で憧れだった、桂由美先生に出会い、
私はそのドレスに合わせたブーケを作るという大きなチャンスを頂いたのでした。「一生懸命やらせて頂きます!」の一言の私をこのとき以来ブライダルサロンの日原さん(左・・今は本店のブライダルサロン)や山崎さん(右の男性・・今は本店)や飯田さん(右の女性・・ご退職)も可愛がって頂き、応援してくださっていました。中央の大城さんは横浜の最高位のお偉い方でした(今はご定年)
藤原さんは「薫子さんは、将来絶対有名になるね。カオルコブランドとかできちゃってその時は『カオルコを発掘したのは三越だ』なんて三越として独占的に薫子さんとビジネスしたりしてさぁ、そのときは俺の事も覚えていてくれよはははは^^」なんていつもおっしゃってみなさんで笑って「薫子さんも桂先生の2月の東京グランドコレクションなんて抜擢されたらすごいよね。そうしたら将来大物になるわよ。!でもそんなわけないか^^でも分からないわよね」なんて日原さん、筒井さん藤原さんとはそんな話をしていました。

時を経て、不思議にもそれが本当に現実化しました。

8年間くらいお会いしてない間、私は本店とまったく別のご縁からのプロジェクトでかかわるようになり、又横浜三越での出会いがきっかけでその後、桂由美先生から2月の東京グランドコレクションの起用のお話を1998年、直接頂いたのでした。今のKAORUKOに なってからこの方たちに再会した時皆さんも本店に転勤になっていました。。”””あの時の話が本当になっているじゃない!””とみなさん驚かれ、実際本店でKAORUKOはあらゆるセクションでお引き立ていただいているし、桂由美先生のグランドコレクションや海外のショーも担当して8年が過ぎていたのでした。

今はもうあれから11年が過ぎようとしています。

だから今日、藤原さんの卒業のお祝いはなんとしても駆けつけました。静岡の生徒さんのレッスンを終わらせ会も終わる頃でしたが・・・すっ飛ばして。

根本のご縁は何か?この人もあの人も・・といくら年月が経ってもそういうことだけは忘れてはいけないと私の哲学です。誰のお陰様で今があるのか?そう考え出したら全てに感謝なのですよね。そして感謝は口では簡単に言える。でも行動に移すことが大切。万難排しても行動に移し、目を見て、頭をたれて伝えること。私はそういう主義だから、今日はあの日の始まりのきっかけを下さった藤原さんに感謝感謝であのころの横浜三越時代のみなさんと懐かしく語らったのでした。「薫子と桂先生の出会いを見ていた生き証人のみなさん、そしてKAORUKOをいつまでも応援してくださる皆さんにも感謝!ありがとう