私は、子供の頃からオーラが見えていました。
何色何色とはわかりませんが、またその効能もわかりませんが人や物の周りを囲むボーッとした、光のようなシャンパンゴールドのような、人の形を縁取るような発するものが。(厳密にはオーラではないのかもしれません。スピリチュアル的な分析ではなくあくまで私が見えるものの話です。)さらにそのメッセージを感じるまではいたりませんが、見てると面白くて、相手の感情が高揚していくにつれて、光の輪は大きくなっていき、深呼吸をするかのように膨らんだり縮んだりするのが見えます。例えばスタッフ7人などを目の前にミーティングをしている時見ていると、私の話を聞きながら、素直に話に入り込んできて、感動したりしている人は、ボワーッっと突然放ち出します。一人一人発言をさせたりする時も高揚とともにふくらんでいきます。
反対に初めてあった人でもこの覆うような光が、どんよりしていたりすると何か私に気をつけてというメッセージが伝わったりします。
舞台を見ていて例えば人の講演などで、舞台の袖から出てきた時はそんなでもないのに、講演も佳境に入りだすと、光は広がっていきます。じっと凝らして見ている自分の目が疲れたのか?と例えば私が漫画の人物なら目をぱちぱちさせてこすってみたりしてもやはり見えているのです。
 小学生の頃は、先生によっては黒板が眩しくて見えなかったり、みんなの頭の光が繋がって帯になっていたりと、コレが日常当たり前だと私は思っていました。
子供の頃暑い夏の日、アスファルトから登りたつゆらゆらとした陽炎(かげろう)を誰でも当たり前のようにわかるように、私にとってはその人が放つ光もそれと同じように誰もが当たり前に見えているものだと思っていました。
KAORUKOになってから「KAORUKOさんはオーラがある」といわれます。コレは、キット皆さんとしては、こうした放つ光が見えているとかではなくても、共通に感じる「オーラがあるよね」という会話に見えないが共通の感じる何かがあるのでしょう。私でなくてもそういわれている人たちはキット。
ある有名なスピリチュアリストの方々に日本やイギリスでお会いすると私もやはりかなりの光を放っているそうです。それがなんだかはわかりません。デモ何か使命があるのかもしれないと、ここ数年は自分の運命の導きというものを感じざるを得ません。面白い話があります。
私が、一昨年のKAORUKOフラワーショーをした時、この年は、三越劇場を貸しきって行ないましたが、客席で見ていたそれらの先生が「KAORUKOさんが舞台袖から出てきた時から、黄金の光に包まれていて、トークをはじめたらますます広がって、舞台中が黄金からプラチナのように輝いていた」などと評されました。照明も何もそのような光ではないのにです。

今回の31日のフラワーショーは、私と桂先生とジェーン先生の3人で、舞台に立ちます。さて、どんなオーラに包まれるか楽しみですね。なんだか凄そうですね。(濃そう・・・笑)観覧される皆さんは是非このブログ書き込みコメントに感想をお寄せ下さいね。


次回もこのカテゴリはますますどんどん行きますよ。
お楽しみに!(デモ日々伝えたい行事が山盛りだから、なかなか行き着かなくてごめんなさい。OLサンたちが会社行ってまずKAORUKOブログチェックして、ジェーンブログ、渡辺俊幸ブログ回っていると、10時になる。KAORUKO先生だけでも土日はさむと凄い分量で仕事にならない。。。と悲鳴が聞こえたり)