今、年賀状の最終校正をしています。私のその年の作品を並べたり、イベント模様も入れたりして、一年を振り返るようなKAORUKOメモリーというようなわが年賀状。1998年からそんな感じで作ってきました。KAORUKOの軌跡が記されているようなそんな一枚が今年も又。今年も素敵にしますから皆さんお楽しみにね。
花も世につれという感じですよね。さっきこのブログを中断して、フジテレビを見ていたら、FNS歌謡祭とかいうのがやっていて今のアイドルやスターもだけど、懐メロのように1970年代、80、90年代と、スターたちが当時の映像ででていました。歌とともに時代が蘇り、懐かしいなとか思いながら、瞬時にその頃自分は、こうだったと自分史も回想したりして。そして、洋服や、ヘアーメイクに時代が出るように、胸に着けているコサージュや、抱えている花束、テーブルのアレンジメントに花も確実に時代が出ていて、だけどそれは、先日のブログにも書いたように、中国に行ったときに感じたように、昭和の時代のそういう花あわせやさしかた、作風を今も疑いもせずにやっている人も今の日本にも少なからずいるわけで、やはりどんな世界でも、止まっていてはいけないということをつくづくかんじますよね。
自分はどうか?と、常に客観的に俯瞰しながらいかないと。んなわけで、話は戻りますが、私のことしの年賀状もKAORUKOの2006年という感じで、今年のKAORUKOテイスト、今年のKAORUKO提案、コンセプトをピックアップしておりますです。2006のKAORUKOそして2007のKAORUKOの序章が感じられるようなね。。偶然にも(いやすべては必然)今日はこんなテーマを考える日だったようで。〜時代とともに走り続けることが大切。いい意味で変わらないといわれること、つまり古臭くなく今っぽくてかっこいい(素敵)ということは、すなわち、変わり続けているから変わらないと感じるのだということなのだ。時代にあわせて走り続けることが変わらないという良い評価なのだ。〜

花だけじゃあなく、ヘアーカットひとつ、ヘアーカラーひとつ、眉毛はじめメイクの仕方全てがアーティストやデザイナーと名乗るのであれば、プレゼンテーションとなる。花を見れば、その人が解る、その人を見れば花が解るというのも事実だし。
昭和のカオリのおばさんといわれないようにがんばろうっと。