私が16歳から習い始めた茶道です。結婚して子育てをしてブランクがありましたが仕事を始めてであった方々とこうして、茶道を通じて交流できることは楽しみの一つです。。。このごろはまったく行けてない・・(汗)

都心とは思えないたたずまいです。
つくばいで清めます お濃茶点前が始まります まずは床の間のおじく。書を拝見し その教えを学ぶほうらい飾りを拝見裏千家独特の結び柳です初釜お約束は花びら餅。。一年に一度このときだけいただくのがいいですねその後はお薄席に移動。立礼(りゅうれい)だから足がもういたくないわこちらはお干菓子結構なおふく加減でございます  お祝いの一献です干支の亥入りのお扇子を頂戴しました茶懐石ではなく今日は福が来るように河豚(ふぐ)ですって 
右から日本ケンタッキーフライドチキンを創業され今は勇退された元社長の大河原さん・米澤先生・私・同じく日本ケンタッキー元専務の宇野さんと。KAORUKOブランドのビジネスマネージメントをしてくださっています。ありがたや〜^^

こうした政財界のそうそうたるメンバーが集うお茶のお稽古場ですが、私が嫁入りまでに手ほどきいただいた先生は千葉でしたが、この仕事をするようになって知り合った先生です。
今日は初釜なのでお濃茶席は神妙に。そしてそれから先は楽しくめでたくでした。一年が始まるって感じです。
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何千回も何千回もお稽古を重ねて極めていくお点前は、優美です。空気をも止める静寂に身を置き。美しいお点前を拝見するのは勉強になります。
ブーケも同じで、何千回もゆれるブーケを作ってきた者と、100回作りましたでは雲泥の差となる。昨日の神主さんもおっしゃっていたが、神さまの前で手を合わせて打つ仕事を朝も昼も夜も病気でも酔っ払っていても眠くても寒くても修行時代から何十年と鳴らし続けてきた立場だけが知るパン!パン!と打ったときの音の反響(響き方)の違い、極論神様の前で打つ、携帯電話に向かって打つ、人間に向かって打つ、など対象物によってなり方があるそうで、そこまで体感できるようになって初めて極めるということ。それが『身につく』ということ、見えないものを見、聞こえないものを聴く境地に達するのですよね。それは型(練習)だけでもダメ、心(思い)だけでもダメ、両輪あって初めて行き着くと。私事で言えばKAORUKO先生が作るゆれるブーケは同じようにまねしてやるのにまったく違うと生徒さんも観客も言うが、ゆれるブーケのゆれ方だけを寝てもさめても追究したから行き着いた・・微妙な差。コレも同じ。三十数年前の日本にゼロからファストフード・フライドチキンを浸透させるための茨の道を開拓してこられた努力も凄い。いまや当たり前の文化にしてしまったという功績。(国から褒章されてますが・・当たり前よね)コレも同じだろう。
物事を極めるとは全て同じ。継続は力なりだけど継続とは反復ではない。(やってるつもりで止まっているのは自己満足だと)やり続けるということは前にすすみ続けるという事。。継続し続けるということは文化になる。コレも神主さんがつぶやいた一言。。深い。
何万回も型を練習して(つまりそのことだけをやり続け)心が入ったときにそこに神様が降りてくる。。そうです。うーん。納得。。。天使のゆれるブーケとはわれながら言い当て妙だわね。
だから人の心をうつ。。美しい。