花だから花のことだけを勉強していればいいではない時代・・・ということ。お客様は多様化してまた情報量も多い。トータルなアドバイスが出来る人材が必要ということ。また、自己満足ではなく時代を映す鏡となるような今風エッセンスが入ってこそ、素敵だといってもらえる。変わらないということは変わり続けているということ。止まらずに時代とともに流れているからこそダサい古いではなくセンスがいい、洗練といわれる。変わらないということは変わり続けているということ。
花も時代を映す鏡、その花を見れば時代が分かる。でも作り手の顔は見えない。その時代に止まっている作り方のつくり手なんだということだけはわかる。
KAORUKOの場合は1999年のKAORUKOの作風・2000のミレニアムの時代の作風・・2001・・2002・・とKAORUKOの提案してきた花が分かる。ゆれるブーケも進化している。これもひとえにこのショーのおかげだ。KAORUKO流やKAORUKOブランドと世間から言ってもらえるようになったこのごろ、走り続け、追究し続け挑戦し続けてきたこと、その機会が与えられたことに私は感謝している。
なにもなくただなんとなく月日とはすぎていく。自分に何かをあえて果すことは「なんのためにやってるんだろ」ということで終わるのではなく「やっててよかった」とあとで振り返ったときにおもう事への行動なのだろう。
さっき見たテレビで「いつまでやってるの自分探し」という団塊世代の一部にそういう人がいるということをやっていたがただなにかを習ったりやったりしても答えは出ない。『がむしゃらにひたむきに・・というなんだか分からないけど頑張ってみようある期間』という時期を経てこそ答えはでてくるのではないだろうか?