これはアンアンの取材の時の写真 2006 春

文字ばかりだと面白くないのでこんな1枚を入れてみました。。。おすましの私。雑誌の求めるコンセプトにより笑みの具合を調整します。フフッ、ニコッ、ガハハ、キラッ。。KAORUKO自宅サロンにて。このごろのKAORUKOカラー・パープルな私。

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不思議な出来事の始まり始まり〜(前回号のつずき)

それからというもの、桂先生のショーを担当したという事が、信頼と評判になって、地元横浜では、次々とウエディングの依頼が来ました。大手結婚式場とも契約が成立して、年間2000組の結婚式、それも一組一組違うウエディングを手掛け始めました。

まさにどん底を見たときに(不思議な出来事3・4・5参照)光が射し、女神様が現れたとでも言うように、桂先生との出逢いは私の人生を一変しました。  たった1度のチャンスと思っていたショーもその後も続き、とうとうメジャーなショーや、海外のショーまで担当することにまでなりました。(この辺りの詳しくは あした薫子 文芸社刊 山下美砂子著 をお読み下さい)

出逢いから2年。1998年春、東京での女優さんたちをゲストモデルに使ったメジャーなショーを担当したあと、雛形あきこさんの結婚式をも担当することになったのです。仕事も順調に運び、私は、たくさんの夢をかなえることができました。横浜ではだれもが憧れる山下公園のすぐそばに、広いアトリエをもちました。

初めての海外の撮影はハンガリーのブタペスト。
美しいこの街の丘で、撮影をし、夜は、かつてかのエリザベートが暮らした華やかなりし頃がそのまま残されている王宮での晩餐会にも連れて行っていただきました。初めてのオートクチュールのローブデコルテに包まれた私は、そのまま残されているエリザベート妃の部屋にも案内されました。さっきまで専業主婦の私がです。

かつてため息をつきながら繰り返し見ていた桂先生の作品集「ラ・マリエ桂由美の世界」。心に思い描きイメージしていた願いが時を経て現実になったのでした。。。(不思議な出来事5参照)憧れの先生の本のドレスのモデルが私のブーケを持っている。。これは普通に考えたらありえないことのまたもやの現実化でした。

更に不思議なのは、この撮影のご指名を受ける直前、私は、フラッと導かれるかのようにデパートの『ハンガリー展〜エリザベート王妃の生涯と歴史』に入り、観覧しながらも、心の中で、「私はなんで、こんな興味のない展覧会を今見ているのだろう?ハンガリー・・東欧のこの街へ行く事もないだろうに、でもどんなとこかしら?エリザベートはここで暮らしてこうしてああして。」いつしか悲劇の王妃のストーリーに心が傾いていました。「・・私はここにいく事があったら今日これを見ている答えがわかるわ・・でももっと行きたい国はたくさんあるから、ありえないか・・」と自問自答しながらこの街について、空想していたのでした。

その数日後にかかってきた一本の電話。「ラ・マリエという本の撮影を今年はハンガリーでしますけど、担当してみますか」と。直接先生からお電話があったのでした。

 ら・っ・ま・り・え・・・・は・ん・が・り・−・。。私は何回も何回もどういうことだこれは一体?とかつてため息をつきながら見入っていた私を思い出し、そして、数日前のデパートの私を思い出し。。説明のしようもない出来事に戸惑っていました。

いつの日も心に描く時は、「こうなったらいいな、かなうわけないか ?でも夢はただだから思い切り空想の世界に浸ろう」そんなかんじで思い描く・・映像として私の心にイメージするだけです。
その後は全く忘れます。インプットした後は解き放つのがポイントのようです。それに向かってまっしぐらではなく、全く関係のない、今目の前にある今日のり越えなければならない仕事や出来事、課題をひたすら向き合ってがんばること。これがいつの日かインプットした夢へと不思議の道が繋がっていくように思います。

さて、この間に他にどんな不思議な出来事があったかというと、1996年の出逢い以来、実に不思議オンパレードです。

*初めての三越のショーが終わり興奮冷めやらずお茶して、たまたま三越の正面ではない裏の玄関から外に出たら、三越の方に見送られて桂先生がタクシーにお乗りになるところにばったり出くわした・・
*たまたま行った京都からのかえり、新幹線ホームでばったりお会いした(1997年1月・先生は京都でショーをされた帰りだった)・・・
*私の両親がたまたま行った観光地の数ある蕎麦やのうちの一軒に入ったら桂先生が側近たちとお食事をされていた(1997年1月)・・・
*私の夫の母が新潟に旅行したら、新幹線の待合室で、桂先生にばったりお会いした。(先生は、テレビの取材で新潟の染色工房へ行かれる途中。2004年6月)・・・
*2004年6月・金スマの収録で桂先生の半生を撮るとき、昭和中期のアンティーク(といえば聞こえはいいが古ぼけた)な手芸屋さんで先生がリボンを選ぶシーンで、この広い日本の手芸屋の中で、テレビ局員全く知らずに選ばれたのが千葉の私の実家の店だった(こんな事ありえないですよね。。。両親が「うちの娘がKAORUKOだから当店で?」と聞いたら「えl?何それ」という事で一同ひっくり返るほど驚いたという話。

何でしょうね。この縁とは。この不思議な意味は?



次回は、魔法の国モナコ・世界中のセレブが集うモナコへ導かれた不思議な出来事です。お楽しみに。。。。

今日は久々の数ヶ月ぶりのオフです。ゆっくりしようと思っていたのに、又こんな事している私。そうでなくても毎晩睡眠不足。分刻みで忙しい一日を終えた後の毎晩かいているのよ。
クリエーターとして表現する事が楽しく手を抜けなくなってしまいました。今日から書き込みできます。公開はされません。お返事はごめんね。でも私はちゃんと見ます。ありがとうみんなー。
(秘書も合わせて休みだから写真を取り込めないからごめんね。)