初めてのお遊戯かいは、シンデレラ姫。
母が縫ってくれたピンクのドレスで、4歳の私はシンデレラになりきった。あの時の高揚感や、シンデレラに重ねた切ない思いを今でも鮮明に覚えている。

世界中のセレブやお姫様(王妃)がバカンスに訪れるMONACOに導かれたのは、1999年5月。
故グレースケリー王妃が設立された国際フラワーアレンジメントコンクールに日本代表として行く事になった。
ロイヤルファミリーもお出ましになった。

その夜のパーティーでは、ドレスに身を包みシャンパン片手に私はすっかりあの頃のシンデレラ姫になりきっていた。MONACOという魔法の国はだれもをシンデレラ気分にさせてくれる不思議な国。
そして、私は、それ以来このMONACOに何回も足を運び、滞在するという事に恵まれた。

とりわけものすごかったのは、王室主催の赤十字の舞踊会。ひょんなことからこのパーティーからインビテーションカードが届いたのは、2002年8月。
ロイヤルファミリーや世界中から自家用ジェットで降り立ったセレブたちと共に同じ会場で、一晩じゅう繰り広げられるパーティーに自分がいた。その年のゲストはロットスチュワートだった。

私と弊社の経営部門役員はある取材をかねてこの夏モナコやパリに長期滞在をした。
そしてばったり御木本社長にもお会いした。MIKIMOTOはこの年グレースケリーの名を冠したプリンセス・ドゥ・モナコというバラをモチーフにしたジュエリーを発表されていたし、ミスユニバースはじめ公式スポンサーもされているから王室の方々とは親しいご様子で、舞台ではご一緒に踊ったりもされていた。

当時の御木本社長とはバラのご縁から私のプライベートトークサロンにいらしていただいたり、夏恒例のKAORUKOフラワーショーにもこのグレースケリーのバラで、共演もしていただいた。(モナコのそのパーティーで偶然お会いして、ご一緒にいたところを御木本ファミリーと間違われて翌朝の新聞一面に私まで載っていたのには驚いた。)

4歳の時のシンデレラ。
それと夢見るハイティーンだったとき、憧れていたユーミンがF1の時期にかっこよくモナコグランプリを観戦しているシーンを見ては、私も行ってみたい。夢のMONACOと思ったのだった。

時を経て、私は、シンデレラに、そして、ユーミンに自分を重ねてときめいていた。