北朝鮮が核実験をしましたね。
なんと愚かで悲しいことでしょう。報復や威嚇からは何も生まれない。テロといい、やったらやり返すということや、やられた時に負けないため、にという連鎖は、悪循環に陥るだけ。この地球はいったいどこへ向かうのでしょう。もはや、戦後ではなく戦前だという声まで。『やられても許す。』孔子の言う『恕の心』を目指したいですね。『自分がされて困る事は人にしない。それぞれの考え方を受け入れ、認めて、許し、その気持ちを思いやる』

いつか気付いてくれるだろうという願いをこめながら、攻撃を攻撃で返すのではなく攻撃を寛大な恕の心で返す。やられている相手がじっと耐えている。にこっと笑って慈しみの目で相手を見つめる。相手は心がチクッと痛むはず。手を差し伸べて握手をする。驚きの表情を見せるであろう相手。そのとき、相手の心に何かが芽生える。スーッと心に何かがしみる。。こういうことではないでしょうか?こういうことを小さい時から重ねていれば、少しは、集団の世界もかわるのではないかと私は思います。とてつもない長い道のりであっても、小さな個人レベルから、世界平和を意識したいですね。とても難しいことだけど個人レベルでは、そうありたいと思って生きています。(最新刊のKAORUKO流アール・ドゥ・ヴィーヴルな暮らしにも書いたことです。・・・参照)
核爆弾についてはうーんやられても笑って・・とはいえませんが、根源の部分の積み重ねなのだから。。。過去に戻ることはできないけど、今日から始まる未来はそうありたいですね。だから今からの一歩を。一概に言えないことでしょうがもっと早段、こういう思いでたくさんの個人がいれば歴史も未来もかわったのではないか?と私は、こんな風に思うのでした。