初釜のお薄席でのお茶碗には月の絵が描かれていたり、鳳凰が舞っていたりして、おめでたいそういうお茶碗で一服いただけるという事をありがいという会話が繰り広げられます。
なぜそれらがありがたくおめでたいかというと、今年の宮中歌会始の御題が「月」。「月」をテーマに皇族がたはじめ民間でも和歌を詠まれるわけですが、その御題にちなんでということでお茶の世界でも、お茶碗に月の模様が描かれているのを使ったりお茶匙を月に見立てたほり方をした形のを使うなどとして楽しんだりするわけです。鳳凰は悠仁親王様御誕辰を祝って。さらに昨日頂戴した亥の絵入りのお扇子にも御題「月」に因んで・・と月の絵まで描かれていました。というわけで新年こうして雅な世界に触れ、おめでたい始まりを迎えるお茶の風習も良いものですね。

さて、こうしてこのごろこんな日本のことについて考えてばかりいる私です。
【神話にますますはまる】
日本の神話を知りだしたらとてつもなく面白いし、日本という国の誕生や神話の神様のオチャメな姿が満載で、八百万の神たち(やおよろずの神)が繰り広げるスペクタルがいまさらながらエキサイティング。以前知り会った知人がこれらの話がハリウッド映画に最適だというくらい面白いと言っていたのをいまさらながら思い出し、本当にインディージョーンズか、ハリーポッターかってくらい楽しいわね。
皆さんも日本という国について是非改めて知るを楽しむことをしてみてください。
【KAORUKOのオリジナリティー】
私のKAORUKOの揺れるブーケも海外で、日本人の持つ繊細さ・・・ということや、日本人の侘びさび・・・や、日本の空間美・・・と評価されてきました。私が自然と行き着いたKAORUKOのゆれるブーケですが
先日も書きましたが、自分の中に流れるDNAがそうさせたのでしょう。
今年はもっともっと何か感じ出しそうな予感がしてワクワクしています。日本をもっと本当の意味で知っていくことが幅をひろげるのでしょうね。。
海外に出たときにKAORUKOの花ってわざわざ指名していただけるという事は何か?ってことをずっと挑戦してきた私に今年は更なる挑戦と楽しみが広がる予感がするのです。
そしてそれはもちろん日本人のお客様にとってもKAORUKOのオリジナリティーとして、KAORUKOがいいと言っていただける商品となるわけですから。もっともっと追究していきますよ。
。。。日本の花の人たちはあまりにもパリだイギリスだヨーロピアンだ、アメリカンだと、それが最上として、表現されていますが自分の‘らしさ‘というものをいかに加えるかに早く気付けば、もっと作品を見れば作り手がわかるという花がふえるのではないかと思います。今の時代ヨーロッパもアメリカも簡単に渡航できる時代ですから
海外のものを取り入れて学ぶ事もめずらしくはないし、さらにその先は?ということ。マネは誰でもできるのですから。。日本人らしさ。。。
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都心とは思えないたたずまいです。
つくばいで清めます
お濃茶点前が始まります
まずは床の間のおじく。書を拝見し その教えを学ぶ
ほうらい飾りを拝見
裏千家独特の結び柳です
初釜お約束は花びら餅。。
一年に一度このときだけいただくのがいいですね
その後はお薄席に移動。
立礼(りゅうれい)だから足がもういたくないわ
こちらはお干菓子
結構なおふく加減でございます
お祝いの一献です
干支の亥入りのお扇子を頂戴しました
茶懐石ではなく今日は福が来るように河豚(ふぐ)ですって
右から日本ケンタッキーフライドチキンを創業され今は勇退された元社長の大河原さん・米澤先生・私・同じく日本ケンタッキー元専務の宇野さんと。KAORUKOブランドのビジネスマネージメントをしてくださっています。ありがたや〜^^

こうした政財界のそうそうたるメンバーが集うお茶のお稽古場ですが、私が嫁入りまでに手ほどきいただいた先生は千葉でしたが、この仕事をするようになって知り合った先生です。
今日は初釜なのでお濃茶席は神妙に。そしてそれから先は楽しくめでたくでした。一年が始まるって感じです。
★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★
何千回も何千回もお稽古を重ねて極めていくお点前は、優美です。空気をも止める静寂に身を置き。美しいお点前を拝見するのは勉強になります。
ブーケも同じで、何千回もゆれるブーケを作ってきた者と、100回作りましたでは雲泥の差となる。昨日の神主さんもおっしゃっていたが、神さまの前で手を合わせて打つ仕事を朝も昼も夜も病気でも酔っ払っていても眠くても寒くても修行時代から何十年と鳴らし続けてきた立場だけが知るパン!パン!と打ったときの音の反響(響き方)の違い、極論神様の前で打つ、携帯電話に向かって打つ、人間に向かって打つ、など対象物によってなり方があるそうで、そこまで体感できるようになって初めて極めるということ。それが『身につく』ということ、見えないものを見、聞こえないものを聴く境地に達するのですよね。それは型(練習)だけでもダメ、心(思い)だけでもダメ、両輪あって初めて行き着くと。私事で言えばKAORUKO先生が作るゆれるブーケは同じようにまねしてやるのにまったく違うと生徒さんも観客も言うが、ゆれるブーケのゆれ方だけを寝てもさめても追究したから行き着いた・・微妙な差。コレも同じ。三十数年前の日本にゼロからファストフード・フライドチキンを浸透させるための茨の道を開拓してこられた努力も凄い。いまや当たり前の文化にしてしまったという功績。(国から褒章されてますが・・当たり前よね)コレも同じだろう。
物事を極めるとは全て同じ。継続は力なりだけど継続とは反復ではない。(やってるつもりで止まっているのは自己満足だと)やり続けるということは前にすすみ続けるという事。。継続し続けるということは文化になる。コレも神主さんがつぶやいた一言。。深い。
何万回も型を練習して(つまりそのことだけをやり続け)心が入ったときにそこに神様が降りてくる。。そうです。うーん。納得。。。天使のゆれるブーケとはわれながら言い当て妙だわね。
だから人の心をうつ。。美しい。
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今日はまた神主さんの登場です。
実は、今日新しく購入した新車が納車されたんでその御祓いをして頂きました。
日本人として神社のことをちゃんと知って行くといままで、意味もなくやっていたことや、ただみんなやるからとか、そういうもんだからとかと習慣になっているだけで、意味も解らずにやっていることがいかに多いのかということを知ります。初詣、節分の豆まき、七五三、桃の節句、端午の節句、お相撲さんがどうして裸で、神様の前でしめなわを腰に巻いてしこを踏むのか?しかも裸で神社になぜ許されるのか?・・・など、神話の時代に意味があって行われたことが現代も行われているということで、その意味を果たして知っている人が私もふくめてどれくらいいるだろうか?と感じざるを得ません。
知るってすばらしい。まだまだ知らないこと、知ってるつもりで「お祝いだから」「厄除けだから」などの一言で、そういうもんだと思ってやっていたことの根本を知る機会を得て、仮にも花を通して表現している身として、例えばの例として桃の節句がなぜ桃か?という深い意味までしる事ができ悠久の昔私たちの祖先は日本人として
何を考え、生活に取り入れながら暮らしていたのか?脈々と伝わる理について考えるこのごろです。
私も日本人として海外で勝負する(仕事する)事が多いので、いつも西洋かぶれでないそれでいて、華道でない日本人のKAORUKOの表現するフラワーデザインというもの、つまり私の中に息づくDNAからどういう信号をキャッチして、花に生かすかがいつも課題でした。
パリやロンドンでうまれ育った人のところで、パリテイストだ〜イギリス風だ〜と言ったところでチャンチャラおかしいと笑われるのが関の山です。パリに暮らし、文化も風習も知り尽くしパリっ子以上にパリを知ったとしても、流れるものは、パリの血ではないからです。広い世界に出たからこそ日本人ということをイヤでも良くも悪くも意識せざるをえなく、又、私の中の民族の文化というものをちゃんと知らずに表現して行くことのあいまいな危うさを感じていたからこそ今回の出会いは必然として、私に日本の文化歴史哲学を改めて学ぶときなのだと思います。
神の国日本と海外に出れば、神社の神様のことは今でも日本の代名詞として言われているわけですから神社のこと、つまり神話の時代から発祥している先に書いた、日本人の風習をまずは知り考え方を知ることは、もしかしたら私の更なる今後の可能性を示唆しているのかも知れません。。。
パリコレで勝負するときに日本人だからって単に松や水引や、扇子を花とあわせて、流行の先端のショーの舞台やブーケを表現なんて、陳腐な発想しかないとしたらそれこそ意味が違うのですから。。そんな悩みで何回か私なりに表現、発表してきたパリコレを懐かしく回想したりもします。
今回の神主さんとの出会いは、そういう意味でも、また生活して行く哲学の上でもかなりの参考になる出会いということになりました。
たくさんであってもとうりすがりだけで、ご縁はその場限りの人もいる中でタイミング的に私にとって大変意義深いものになりました。変な宗教と違って日本の神社に聞くということは、日本人としての事を知るという意味なのですから。そして、通常神社に手を合わせに行っても上がりこんで神主さんと親しくなってこんな気長にいろんな質問の深い答えを教えて下さるなんてありえないものね・・・そういう方ができたことに感謝です。
★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★
。。。ちなみに『桃の節句』。。。古事記より引用。。。。
イザナギノミコトが亡くなった妻のイザナミノミコトが忘れられずに、黄泉の国(よみのくに=死者の国、あの世)に向かったみたが、既にそこには怖ろしい化け物に変身したイザナミがいた。その怖ろしい形相を見てしまったイザナギが驚いて逃げようとすると、「よくも私に恥をかかせたわね」と言って、イザナミは、黄泉の国の軍隊1500人を差し向けて追ってきた。そこでイザナギは十拳剣(とつかのつるぎ)を散々に振るって、逃げて坂本というところに差し掛かった時、そこにあった桃の実三個を取って共に戦えば、たちまちのうちに撃退することができたのであった。そこで喜んだイザナギは、私を助けたように、これからも私の家来となって、私の若い皇子達を補佐してくれないか、といってオオカムズミノミコトの名を授けたのであった。
。。。オオカムズミノミコト(災厄をはらう偉大な神様)
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毎年、KAORUKOグループがこのショーのバックステージに入って私のお手伝いをしてくれます。通常ではありえない体験をしてもらうことで、その後の花人生の血・肉となり、かけがえのない体験になるために。花を頑張っている人は、この日本中に何十万人といるでしょう。でもこういう一流のショーを担当させて頂くことは一人か二人であるのだからまずはありえない確立のほうが大きい。ありがたいことに私がこうして担当させて頂くのだから、せめて私の元で頑張って向上しようとして、花を学んでいる生徒や、ライセンシーたちに体験するチャンスを与えることが、一人では、一生ありえないチャンスを分かち合うということとなるからです。そしてみんなとてつもない感動と勉強を得て一回りもふた回りも大きくなって地元に戻り、自身の花ビジネスをさらに開花させるように。。ショーが出来上がっていくまでの私の産みのデザイン画の時点から、このドレスにはこのブーケがこういうわけでKAORUKO先生が考えて、桂先生とさらにモンで、修正したりしながらも産み落とされるんだ・・・と、間近で皆さんに勉強してもらうことや、一流のスタッフ陣で作り挙げる一流のショーの舞台裏のもの凄さを垣間見られるということもまた勉強になるのです。また私の血の騒ぐ時期がやってきたのです。荒川静香さんに合わせたイナバウワーブーケとかね。。(笑)
頑張るからねっ。
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RUCOパールを花と一緒にアクセサリーとしてね。花嫁のためにまたひとつ。ジャーン。自分が考案したオリジナルなものが時代のニーズを得られるって幸せ。

京都の花嫁さんからもご依頼いただいたので、ゆれるプリザーブドブーケを心をこめておつくりして、KAORUKOボックスにお入れしてお届け。私の分身としてKAORUKOブーケが幸せをお届けします。
一日が終わってほっと一息。。。夕方桂由美先生からお電話を頂き今度のショーのデザイン打ち合わせで。。
荒川静香さんがゲストとあってマスコミも既に取材合戦が繰り広げられ、2月20日の当日は、凄いテレビカメラになるみたい。1999年に広末涼子さんが早稲田に入られたときもマスコミはこのショーで凄かったし、上戸彩ちゃんのときや、米倉涼子さんのときも凄かった。。
ショーまでのカウントダウン私もフラワーデザイナーとして、新作ドレスやこういった有名人に合わせて、桂先生がデザインされるドレスに合わせて、KAORUKOも新作の今までにない発想のブーケを生み出すのです。新作数十点のドレスのデザイン画にあわせて考え出します。ゆれるブーケもトレーリングブーケも宝石のビジューブーケも大輪メリアを今風に頭につけたり宝石とあわせたりしたのも背中のブーケも腕のブーケもこのショーのために考え産まれたの。そしてマスコミがテレビや雑誌で取り上げてくれるから、それが流行になって行くのでした。数十年おきまりの形しかなかったブーケ。しかもこちこちで硬くて花を詰め込んだがちっとしたブーケが当たり前だと思って日本中の花屋、花の先生はそれを作り続けていた。ただ色や花の組み合わせは工夫しても。。
当たり前でないものを考えて生み出す。今年はどういうひらめきが産み落とされるでしょうか?
荒川静香さんに合わせてイメージするブーケを今から考えます。かわいい上戸彩ちゃんのときはキュートなローズメリアを揺れる風に。広末さんのときは、はじける爽やかさを感じたからフレッシュライムシャワーと名づけたブーケで。さて今年はどんなのがひらめくか?
産みの苦しみだけどフラワーデザイナーとして冥利に尽きる醍醐味の期間です。KAORUKOのブーケ今年もお楽しみに!!
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今日からレッスン開始。美しい映像でしょ?さてなんの花でしょうか?フラワーデザイナーを名乗るなら、いろいろな花の処理の方法を知らなくてはなりません。処理っていっても花屋じゃないから水揚の処理とかではなくて、デザインをしていくうえでの、メリアはじめ花を分解したりする方法。フラワーデザインコースを中・上級と様々な技法、技術が登場します。「これがあの○○○。。。。とは思えなーい!?感動ー!!」と皆さん。。。学ぶってすばらしい。KAORUKOが開発したゆれるブーケはまた独特の技法で、天使ライセンスコースで習います。何の花か考えてみてね。



美しい花嫁さんのためのブーケ。。
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こちらの神社の御祭神は、高皇産霊大神(たかみむすびのかみ)と神皇産霊大神(かみむすびのかみ)をお祭りしているそうで高皇産霊大神は、日本最古の神様だそうです。「古事記」、「日本書紀」を読んで日本人としての教養をつけなければと思いました。
渡辺先生はNHKの番組で 伊勢神宮の式年遷宮の番組の音楽を担当され、(私の大好きな「ヴォイスオブへヴン」に入っている荘厳な曲ですが)、20年ごとに行われる遷宮の年にあたる今年の初めにこんなふうに神道に触れるのも何か意味がありそうですね。
上野駅で待ち合わせ。。ジャイアントパンダの前です。こんなところがあるなんて聞くまで知らなかったわ。それにしてもこのごろ中国でパンダに合って以来パンダが引き寄せられてくるみたいに何十年ぶりにパンダパンダとよってくる。(不思議)★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★
いつも何気なく新年は初詣として、神社に行く日本人。
私もそうだったのですが、杉浦先生と知り合えたおかげで、日本の神様のこと、神話、歴史今の日本における神道と世の中の関係などいろいろ教えて頂き本当にほんとーに驚くことばかりでした。日本人として、まずは古事記、日本書紀を読まなければいけないと感じたし、読みたい!ってわくわくしました。奇しくも夕べニュースをつけると、阿部内閣率いる自民党、小澤代表率いる民主党が両派伊勢神宮にお参りに行き一年の仕事初めの無事や、心願成就に手を合わせていました。日本の今の国、皇室、政治と今も深いかかわりがある神道(江戸時代から始まった新興宗教としての神道ではなく神話の時代から始まる伊勢神宮を頂点とした神社のこと)
を改めて、こんなニュースからも垣間見れ、又お話をとおしても奥の深さを感じざるを得ませんでした。(余談ですが、ヤマトタケルノミコトや、聞いたことある神話の神様の末裔も今もいらしてその人はどこどこ神社というふうに当たり前のように神社をやってるという当たり前の話に接し、うなりそうになりました。。アマテラスオオミカミは今の天皇様ということくらいは知っていたものの。。)
日本人として、何気にやっていた、神社に行くという行為を少しまじめに浄く受け止めなければと思いました。
そう、日本人として日本の神様のことを今年は勉強しようと思いました。
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01/04: 追加で今日は書いちゃいます。さっきのブログの続き
TBSテレビ 1月16日 14時から 『2時っチャオ』 日本の女性社長のコーナーです。
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01/03: 「生き方の選択」というテーマで会報誌を書きました。
不思議とその年を予言したように世間の流れがなったりします。当たり前といえば当たり前ではありますが、世の中の動きやニュースを私はとても興味深く見たり読んだりしていますから、そこから感じた私なりの考察を書くわけです。年に何回か送付するこの会報誌を皆さんとても毎回楽しみにしているとのことです。
昨年初めは、『正直ものが陽の目を見る時代の到来です。悪は暴かれ透明性重視の時代に』
というようなタイトルで書きました。姉歯事件などが勃発したり、共謀罪の論議が騒がしかった頃でしたから、ひょっとしたらコレは、地球規模で、ずるや悪はもうとうらない時代が来るのではないか?つるんで悪いことをしたり、わからないからといって悪事を行うことも、お天道様(おてんとさま)が見ているということを人間に伝えているのではないか?と感じたからです。企業レベルだけでなくそういうことから私たちが何を学ぶかということを噛み砕いたときに「悪口陰口は言うものではありません。解らないからと思って仲間とつるんでズルをしてはいけません。公の知るところになり必ず自分に返ってきますよ。誘われただけ、相槌をうっただけと弁明しても同じ穴のムジナになってしまいますよ」ということに結びました。その後昨年は、ホリエモンや村上ファンドの逮捕、知事の談合、などが暴かれだしました。
一昨年は、確か『幸せの青い鳥』について書きました。親が子供を殺し、子供が親を殺し、子供が子供を殺す世の中の異常さに幸せを外に求めてさまようのではなく、自分の心に青い鳥はいたという話は、でも旅に出たからこそ、辛いことや悲しいことを乗り越えたからこそ幸せは心の中にあるんだということに気づける人間になれたということを書き傷ついてこそ成長するのであって乗り越えて生きなければ・・というようなことを書きました。
さて今年は、「生き方の選択」ということについて書いてみました。会員だけでなくそのうちこれらをホームページ上でも見れるようにしていきたいとは思っていますが、KAORUKOグループの人へ向けて私からのメッセージなのです。
★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★
朝から夕方までは都内の某神社におまいりにスタッフと行き、美味しい和食をたまには熱燗で乾杯ということで頂きながら新年の抱負を語り、胸ワクワクと今年のこれからの出来事を語りました。毎年想定外の出来事が起こり世間や周りをビックリさせるKAORUKOの人生について、今年はなにが起こるんでしょうね?と大人になっても想定されるレール以外のことが起こるとはなんとも幸せなことだと私も思うし傍らで働くスタッフも楽しみながらワクワクできる用です。
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01/03: 人生も仕事も勉強もスポーツと同じ。。幸せを呼ぶ法則
2006年はスポーツを通していろいろなことの学びがありました。
スポーツは見ていて解りやすく結果が明確にでるから特別なことのように感じますが、実は、私がいつも説いている人生の見えない法則をスポーツに置き換えたらよく解るかと思います。
目標に向かって(目標とは・・夢・ゴール・優勝・成功・金メダル・日本代表・日本一・世界進出・メジャーリーグ・チャンピオン・お金・契約達成・・とそれぞれの分野に置き換えてください。)
頑張る、ひたすら頑張る、昼も夜もそのことだけを考えて集中する、(素振り、トレーニング、ピアノを弾く、絵を描く、音楽を作る、花を習う、氷上をすべる、走る、ボールをける・筋トレ・・とそれぞれの仕事にも置き換えてください。)
人の倍以上挑戦して苦しんでようやく何万人の中からトップの数人に選ばれたり結果がまあまあでてきたりする。練習に練習を重ねたから伴う結果というもの。やらないで待っていても、またはそこそこやっていても結果はそれなりにしかでない。その間というものは自分との戦いであり、くじけそうになる心と戦い、「所詮・・・そんなにまでして・・」という他者の声と戦い、出ない結果と戦う。ただ信じて信じて自分と結果と見えない力を信じて自分への挑戦をする。
しばらく伴わない結果にいらだったり、あきらめたり、落ち込んだり、やめる理由を探したり、この間は、神様が(運命の女神と置き換えても)わざと試練や挫折を与えたりする。ここで自分にあきらめる理由を言い聞かせてやめて行く人がほとんど。運も実力のうちで、怪我や、病気という事態を味わうこともあるが、体調管理も又実力なのだ。
どうもふるいにかけられているのだと思えばいい。そんな試練や挫折に負けないで、そこから何かを学ぼうとしていっそうしつこく取り組んだとき不思議と光が射し込み結果が与えられる。
それでも甘んじることなくさらにさらに挑戦したものが数万人の何人かではなく一握りのアスリートになって行き、その分野で歴史に名を残す一人になっていく。
こここまで至るには、肉体的な努力だけではある瞬間からはだめで、外野の誹謗中傷に屈さない精神力、惑わすような出来事に耳を貸さない孤独に耐える心、思いを具現化するぞという強いイメージ力が不可欠となる。がここまで来れる人はこの部分も苦い体験を学びとして鍛錬したからこそ兼ね備えここまで来れるのである。
そして、最後の決め手は邪心を払った素直な心が伴って真摯に取り組んだとき、見えない力がそれを見ていて手を差し伸べるという、神がいるとしか思えない奇跡的なことを起こしたり、女神が舞い降りたとしか思えない競技で人の心までをも感動させるのだと思う。「ありがとう」頑張った自分にありがとう、支えてくれた周りにありがとう、見えない力(神様、運命、など個人個人のとらえかた)にありがとう、と感謝を知る境地になる。
そしてその瞬間を境に顔つきまで変わる。心が変わったから顔も変わるのだ。そして、人となりは人を魅了するようになる。私が出会ったビジネスの世界、アーティストの世界、どんな業界でもそういう意味の一流はこういうルートを通ってきているから人格がすばらしい人が本当に多い。
昨年の活躍したスポーツ選手を一人ひとり振り返ると、誰もが、ここに至るまでに上に記したような出来事(失敗、負け、悪成績、誹謗中傷、ライバル・・)がニュースになり、それでも挑戦し、結果を出した人ばかりだ。
私は、スポーツは、ほとんど知らないし、取り立てて興味がなかったが、私が僭越ながらここまでの自分の道のりを振り返り自己の体験から学んで得た見えない法則を『幸せを呼ぶ法則』として何冊かの著書にしたためているが、このこととまったく同じだと思ったので、やはり、ジャンルは違っても、人生の仕組みはこうなっているらしいと改めて実感した。人生も仕事も勉強もスポーツも同じだと思って、皆さんも自分にこれらのアスリートたちを置き換えたら、何が今足りないのか?を教えてくれるのかも知れない。
一握りに行くにはちゃんとわけがあるのだ。心の鍛錬が確実に伴うから、人のことを気にしている暇があったら自分とむきあうべきと悟っている。自分という軸がしっかりしているからぶれないのだ。まだその境地に悟っていない人は、あれこれ人の批判もしたくなるし、自分への言い訳もしたくなる。自分はもっと本当は凄いんだとプライドだけが大きくなる。
悪循環に陥り、次の関所はとおれないだろう。
世の中の人はみんな頑張っている人のほうが多い。でもなんで一握りに入れるのか?を考えたとき、方程式のようなこんな仕組みがあるのだ。いつも私が講演でも語ることを今日はスポーツのアスリートに置き換えてみた。
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