パリコレ大成功しました!終わりたてのほかほかですがブログアップします。これは始まる前の舞台です。演出家が照明などのチェックをします。

素晴らしいこの部屋は2003年の初めてのパリコレで私が担当したときの部屋です。懐かしさがこみ上げます。

パリコレは予め頂く招待チケットがないと入れません。これは招待チケットと引き換えにもらう席札。世界中から来るマスコミ、ジャーナリストも、女優も貴族も同様。

照明チェックもされます。今回のショーのテーマは音楽だから生演奏が入ります。ピアノに光がくゆります。

バックステージで桂由美先生と。強烈な照明でバックステージも熱気むんむんの中ヘアメイクが行われています。モデルさんの肖像権やパリコレ組合の知的財産権などがあるのでその模様はブログでは掲載できません。ごめんね。想像してね。素晴らしいですよ。180センチ以上のスーパーモデルさんが勢ぞろい。杏さんも美しいです。写真も撮りましたが、そういうわけでパリコレモデルさんは日本の芸能人より肖像権が徹底されているから法律は守らないとね。明日の情報番組お楽しみに!

ショーの会場のウエスティンパリのナポレオン皇帝が昔ここでパーティーもしたというところから名がつけられたお部屋。美術館のような歴史を語る凄いお部屋です。(インターコンチネンタルパリでしたが、つい最近名前がウエスティンに変わりました)
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2003年春夏コレクション、ちょうど5年前。
私はここにいた。
日本人初パリコレ担当のフラワーデザイナーとして。

自分の人生がこういうことに導かれるとは人ごとのように神様の計画はKAORUKOという人生をどうお考えなのか?と思わずにいられないような私に与えられたハードル。チャンスと言う実感よりハードル。緊張の糸がこれ以上伸びないと言う極限の精神状態で私はいた。

バックステージはフランス語、英語、日本語が飛び交いパリの頂点に立つ一流のヘアメイクアーティストがモデルを作り上げていく。その傍らで私が花を作る。会場の装飾とブーケを。
世界のテレビ局も取材に来て、私の花もカメラを向けられインタビューを受けていた。英語やフランス語が流暢に話せないことをいつも悔やみながら、通訳がつくといつてもその瞬間の出来事は自分で必死に演出家に意思を伝えなくてはならない。英語も必死になるといつも話せた。不思議になにかにつながるように。

ショーの開宴前にバックステージに運ばれるケータリングがさすがパリだといつも思う。日本の楽屋弁当とは違ってシャンパン、サラダ、フルーツ、サンドウィッチ・・・
ピンチョス・・「本番前のシャンパンはモデルの目を潤ませるのに効果がある」と演出家のクリストフキャレルはシャンパン片手に和むモデルたちに驚く私に笑っていっていた。
凄い!パリコレモデルは違う!のか?
そして本番。天井まで届くくらいのカメラの数に圧倒され、そしてさっきまで和んでいたモデルたちは別人のオーラをかもし出し颯爽と舞台へ舞い出て行った。パリコレはほんの15分程度のショー。その一瞬にどれだけの人間がかかわり命を懸けて戦うのか?「ブラボー」「お疲れ〜」ショーが終わるとバックステージは華やかな世界中の言葉で成功を讃える声が鳴り響いていた。私がデザインしたいくつかのブーケもパリコレの舞台でスポットライトを浴びていた。

あれから5年。あの時、私が抱えきれないほどの満開のミモザをランジスの花市場で仕入れてフィナーレの花束にしたっけ。
ユーロスターに乗ってイギリスの家族も楽屋裏に来てくれた。何事もそうだが【初めてのとき】は忘れられない。初めての記憶はセピア色とまばゆい光に包まれてずっときらめいている。懐かしいあの部屋で2008年パリオートクチュールコレクション春夏がたった今行われたのだった。