「KAORUKOが開拓したブライダルフラワープロデューサーというお仕事」
- プロフィール
-
KAORUKOブライダルフラワープロデューサー(フラワーデザイナー・ウエディングプロデューサー)
-
BIA(社)ブライダル事業振興協会(塩月弥栄子会長)
ブライダルコーディネーター養成講座ブライダルフラワー講師 - 調査研究委員・少子未婚化対策委員
ブライダルフラワーの第一人者としてカリスマ的人気
日本におけるオリジナルウエディング時代の到来とともに、お客さまと一組一組お会いして、コンサルティング、企画、デザイン、プロデュースを提供するブライダルフラワープロデューサーという新しいジャンルを切り拓いた
1992年以来通算2万組のカップルにおあいし手掛けてきた実績をもとに現在では、日本の花業界では初めて、ホテルにこのノウハウを提供するコンサルティング、CM露出を含めたブランド契約を開始
また、独自で考案発明の「揺れるブーケ」は21世紀のブーケ革命といわれ多くのテレビ番組の特集や女性誌でも特集され、各界のセレブウエディングも手掛けるなど美意識の高い女性から圧倒的な支持を得ている。
人材育成にも力を入れ、日本におけるブライダル業界でのブライダルフラワーの講師を担当。
個人でもブライダルコンサルタント・プロデューサー養成のための、ブライダルフラワープロデューサースクールも1999年より開校、その卒業生は広くブライダル業界で活躍中 -
BIA(社)ブライダル事業振興協会(塩月弥栄子会長)
- 海外国内でのショー・エンターテーメント・国際芸術文化貢献
-
YUMI KATSURA グランドコレクションを1999年より担当し多くの女優を手掛ける
2003年、日本人初のパリコレのフラワーコーディネートを担当しローマコレクションも東洋人初担当
NY、モナコ、中国、ハワイ、ハンガリー、など世界のショーでも活躍
シャネル ベージュアランデュカス東京とのコラボレーションや富士屋ホテル130周年記念ディナーショー・日本を代表する音楽家や美容家、写真家との共演など活躍の巾を広げ、東レPPOテニスにご来臨の皇太子殿下の花を手掛けるなどブライダルフラワー以外の起用も多い
世界で活躍しているからこそいきついた日本人としてのアイディンティーに洋花を融合させる独自の感性で確立したジャパニーズフラワーアレンジメントはKAORUKOスタイルとして評価を得ている
中国では外国人初の新聞連載をもち日本を代表してブライダルフラワーの指導にあたるなど日本の芸術文化の交流にも貢献している - KAORUKOブランド
取り扱い -
- 三越日本橋本店5階ブライダルサロン
- 三越ブライダルインデックス巻頭ページ
- KAORUKO直接レッスン
- 三越本店カルチャーサロン・横浜プライベートサロン・大阪NHKカルチャー・読売神戸文化センター・木更津ローズ&マリーアトリエ
- 著 書
-
- 「KAORUKO花スタイル」(アシェット婦人画報社 25ansウエディング)
- 「KAORUKOのアール・ドゥ・ヴィーヴルなくらし」(DHC出版)
- 「KAORUKO Style Flower Arrengements」(誠文堂新光社)
- 「夢をかなえる仕事術 〜幸せを呼ぶ法則〜」(誠文堂新光社)
- 「ハッピーセラピーKAORUKOの幸せを呼ぶ法則」(KKロングセラーズ)
- 「Wedding Plannerへの道〜幸せを呼ぶ法則〜」(オータパブリケイションズ)
- 「花人・薫子の世界」(芳賀書店)
- 「KAORUKOのフラワーフィール 〜幸せを呼ぶ法則〜」(モデラート)
- 「あした薫子」著者:山下美砂子(文芸社)
- 主なテレビ出演・雑誌取材
- メディアページ参照
人生は何が起こるかわかりませんね。
今までもKAORUKOは驚かしてきましたが、「もうこれ以上ないだろ」ということを裏切りいろいろご指名頂きありがたいことです。
日本の日の丸を背負いフラワーショーをするということは大変光栄なことです。
走り続けたこの18年。いろいろなKAORUKOがいました。
人生が激変することがあるのだという実践をしてきています。
多くの人が「KAORUKO先生が桂由美先生と出会い人生が激変したきっかけというように自分もKAORUKO先生との出会いがそれなんです」という。
「あり得ない体験をさせていただき自分の人生にこんなことが起こるだなんて・・・」と私とともに行くステージや学びに感激する。
でも果たして?
人生の激変とは継続しづけない限り走り続けない限り激変なのかどうかはわからない。一瞬の夢か幻かも知れない。一瞬とは3年も5年も長い人生のうちでは一瞬なのだ。
また元の自分の世界、立ち位置に玉手箱をあけたように戻るかもしれない。そしてそれからの長い長い人生を元のように生きていくのだ。
どれだけの人が私についてこれるのだろう?
私がこれからどこまで行くかは分からないが、また数年後どれだけの人が傍らにいるだろう。
その人の人生をも変えるくらいの影響力を持つ人との出会いは自分自身もいかに走り続けられるか?という挑戦が伴うのだということをどれだけの人が知っているのだろう?
ただ出会って感激して日々が明るくなって勇気をもらったと言ってもいかにどれだけ関わるか?によりそれらは
長い人生の中の一瞬の高揚。
出会っただけでは何の意味もない。
継続は力なり。継続するにも力がいる。
継続させないような不可抗力が自分の環境にもやってくる。
だからその人との出会いが人生を変えた・・・などというのはほんの一握りの人が言うセリフなのではないかと思う。
3年や5年はできるものだ。石の上にも10年。そこからがようやくスタートだと私もある人に言われたセリフ。
10年やってようやく目が見えるようになる。
経営でも、10年たたなくてつぶれるところも多いようにスタッフとしてもお弟子としても10年ついていけない人の方が多いのも事実。目も見えない、空気も読めないうちに。。
3年たてばいっちょまえ気分・・・大体の人はそうだろう。もうわかったと感じる、でも同じことを繰り返しているところならそれでいい。
でも時代とともに変わらないとならない仕事をしていれば変わり続けるのが当たり前である。
今まで通りの繰り返し・・・これからは確実に日本とい
う国はそれでは生き残れないだろう。想像を絶する日本社会が忍び寄っているらしい。
その話はまた後日。
私とともに走り続けるスタッフや生徒さんたちは、それはそれで大変ながらも生きがい、やりがい、人の道、学び、楽しさ・・が伴うようで生きている実感をするようだ。
そして上海万博・・・お楽しみに。
KAORUKOと一緒に時空を超える体験を!なんのこっちゃ。
↓↓↓↓↓お見逃しなく!
| ツイートする |
04/25: つぶやき
困ってしまっています。明日までにゆっくり調整します。
★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★
今ニュースを見ていたら、黒いマクドナルドが開店とあった。
あ〜そう言うことなのか〜と思ったのが実は・・・
先日ミラノにいったときのこと。
ミラノのドゥーモの中心街にあるマクドナルドはクロ看板に金のM、そして白に金のMもあったのです。
向かいにはヴィトンなどの店も並び、ここは特別まわりのブランド店にあわせてこの色にしているのか・・・と思ったものだ。
それはパリのシャンゼリゼのマクドナルドは渋いワインカラーにからし色のMだったから。
中国の麦当労(マクドナルドの中国名)は日本と同じ赤に黄色のM。
パリやミラノはおしゃれに敏感だし、おしゃれな街。
原色の鮮やかな赤と黄色という組み合わせは全くういてしまうくらいまちなみが美しいから美的に色をあえて変えているかと思っていた。
パリはおそらくそうなのだろう。
あの街に赤は合わない。赤と黄色の組み合わせは中国料理店、中華街、中国の好む色。
それはそれでその街に行けば違和感もなく、アジアのエネルギーのように元気が出るのだけど・・・
パリやミラノには浮く。
でも日本にも今日から黒いマクドナルドがはじまるという。。これは大人の、そして外食産業の王者としての次なるステージへと・・・とやっていた。
一位だからこそ安住せずに次なる高みに行くために挑戦し変革していく・・・これはどの業界にも人生にも通じますね。
同じことをやっていたら後退ということ。
トップを走り続けるほどさらに挑戦と変革をしている。新しい試みを。
★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★
明日は帝国ホテルのウエディング素敵なカップルと私の花の密着報告ブログです。
お楽しみに!
| ツイートする |


KAORUKO Facebook





TORAY PPO
TORAY PPO

コロンビア大使館
25ansウエディング
25ansウエディング
百日草のはなよめ
フローリスト 2
25ansウエディング
フローリスト 1
25ansウエディング
フローリスト10
2010.09
2010.09
2010.07.22
2010.07.02
2010.05.08
2010.05
2010.03










