07/20: 不思議な出来事(8) 私が本を書いていることについて
8さつめの本です。

心に強く念じた事は、時を経てもその思いをあきらめない限り、いつか叶うきっと。
たいていの人は、その過程で、夢をあきらめる理由を自分に言い聞かせては、消しゴムで消していく。
環境のせい、家族のせい、お金のせい、言い訳を探し出したらきりがない。女性が夢をかなえるには相当の覚悟が必要だ。
心の奥底に叶った日の喜びでときめく自分の姿をインプットしたら、目の前にある今日向き合わなければならない壁を乗り越えよう。
その願い事が本気ならどんな試練にも立ち向かっていけるはず。
その真摯な姿を空の上から見ている大いなる存在がよくがんばったねと言う辺りで、絶妙なタイミングでチャンスという名の光を与えてくださる。
見えない存在が見ていてくれていたのだという感謝が体中にみなぎり、生かされていることを知る。
*********************
『幸せを呼ぶ法則』というテーマで、こんな私の実体験から感じた話やアドバイスのトークサロンをはじめたのが、数年前。スピリチュアルという言葉がまだ一部の人以外は、知られていない頃です。
語るにつれ、KAORUKOのいくつかのこれらの哲学を本にしたい。多くの人に伝えて行きたいと強く思い出しました。それは、悩める多くの人たちに私のつたない話を伝えることによってかつての私のように少しでも暗闇の中の一縷の光になれば・・・と考えたからでした。
本を書きたい 本を書きたいと心に強く念じました。
でもいつも言うように出版社を回ったりという行動をしないのが私流。絶妙なタイミングで、必要必然にやってくる。とひたすら信じることだけをして、後は今目の前にある今日やらなければならない事を一生懸命向き合うだけ。単なる空想で、現実から逃げる事をせず。
そうすると不思議と道はつながり、行くはずもなかったたまたま誘われた会で、出版社の社長と出会いました。。。。。。「ほんを書いてみませんか?」。。。。。
こうやって生まれたのがハッピーセラピー「幸せを呼ぶ法則」〜kkロングセラーズ〜でした。
江原啓之先生の推薦文の帯までいただけることになったあの本でした。
フラワーデザイナーとしての花の作品集の本はあってもこういう書き下ろしは初めてです。
それからというもの、次はこういう本が書いてみたいと、心にインプットすると、不思議とやってきます。お話が。
そうして今回は、『KAORUKO流アール・ド・ヴィーヴルな暮らし』です。〜DHC出版〜
どんな話かは又次回!
そして、実は私がエッセイを書きたい。女性のバイブルとなるような人生指南を。!と初めて心に念じたのは、今から約10年前。まだ桂先生にも出会っていない頃の名もない専業主婦の時だったのでした。
この話も又いつか。
| ツイートする |
07/13: 魔法のとけない国MONACO 不思議な出来事(8)
母が縫ってくれたピンクのドレスで、4歳の私はシンデレラになりきった。あの時の高揚感や、シンデレラに重ねた切ない思いを今でも鮮明に覚えている。
世界中のセレブやお姫様(王妃)がバカンスに訪れるMONACOに導かれたのは、1999年5月。
故グレースケリー王妃が設立された国際フラワーアレンジメントコンクールに日本代表として行く事になった。
ロイヤルファミリーもお出ましになった。
その夜のパーティーでは、ドレスに身を包みシャンパン片手に私はすっかりあの頃のシンデレラ姫になりきっていた。MONACOという魔法の国はだれもをシンデレラ気分にさせてくれる不思議な国。
そして、私は、それ以来このMONACOに何回も足を運び、滞在するという事に恵まれた。
とりわけものすごかったのは、王室主催の赤十字の舞踊会。ひょんなことからこのパーティーからインビテーションカードが届いたのは、2002年8月。
ロイヤルファミリーや世界中から自家用ジェットで降り立ったセレブたちと共に同じ会場で、一晩じゅう繰り広げられるパーティーに自分がいた。その年のゲストはロットスチュワートだった。
私と弊社の経営部門役員はある取材をかねてこの夏モナコやパリに長期滞在をした。
そしてばったり御木本社長にもお会いした。MIKIMOTOはこの年グレースケリーの名を冠したプリンセス・ドゥ・モナコというバラをモチーフにしたジュエリーを発表されていたし、ミスユニバースはじめ公式スポンサーもされているから王室の方々とは親しいご様子で、舞台ではご一緒に踊ったりもされていた。
当時の御木本社長とはバラのご縁から私のプライベートトークサロンにいらしていただいたり、夏恒例のKAORUKOフラワーショーにもこのグレースケリーのバラで、共演もしていただいた。(モナコのそのパーティーで偶然お会いして、ご一緒にいたところを御木本ファミリーと間違われて翌朝の新聞一面に私まで載っていたのには驚いた。)
4歳の時のシンデレラ。
それと夢見るハイティーンだったとき、憧れていたユーミンがF1の時期にかっこよくモナコグランプリを観戦しているシーンを見ては、私も行ってみたい。夢のMONACOと思ったのだった。
時を経て、私は、シンデレラに、そして、ユーミンに自分を重ねてときめいていた。
| ツイートする |
07/10: 不思議な出逢い後更なる不思議が! 不思議な出来事(7)

文字ばかりだと面白くないのでこんな1枚を入れてみました。。。おすましの私。雑誌の求めるコンセプトにより笑みの具合を調整します。フフッ、ニコッ、ガハハ、キラッ。。KAORUKO自宅サロンにて。このごろのKAORUKOカラー・パープルな私。
**********************
不思議な出来事の始まり始まり〜(前回号のつずき)
それからというもの、桂先生のショーを担当したという事が、信頼と評判になって、地元横浜では、次々とウエディングの依頼が来ました。大手結婚式場とも契約が成立して、年間2000組の結婚式、それも一組一組違うウエディングを手掛け始めました。
まさにどん底を見たときに(不思議な出来事3・4・5参照)光が射し、女神様が現れたとでも言うように、桂先生との出逢いは私の人生を一変しました。 たった1度のチャンスと思っていたショーもその後も続き、とうとうメジャーなショーや、海外のショーまで担当することにまでなりました。(この辺りの詳しくは あした薫子 文芸社刊 山下美砂子著 をお読み下さい)
出逢いから2年。1998年春、東京での女優さんたちをゲストモデルに使ったメジャーなショーを担当したあと、雛形あきこさんの結婚式をも担当することになったのです。仕事も順調に運び、私は、たくさんの夢をかなえることができました。横浜ではだれもが憧れる山下公園のすぐそばに、広いアトリエをもちました。
初めての海外の撮影はハンガリーのブタペスト。
美しいこの街の丘で、撮影をし、夜は、かつてかのエリザベートが暮らした華やかなりし頃がそのまま残されている王宮での晩餐会にも連れて行っていただきました。初めてのオートクチュールのローブデコルテに包まれた私は、そのまま残されているエリザベート妃の部屋にも案内されました。さっきまで専業主婦の私がです。
かつてため息をつきながら繰り返し見ていた桂先生の作品集「ラ・マリエ桂由美の世界」。心に思い描きイメージしていた願いが時を経て現実になったのでした。。。(不思議な出来事5参照)憧れの先生の本のドレスのモデルが私のブーケを持っている。。これは普通に考えたらありえないことのまたもやの現実化でした。
更に不思議なのは、この撮影のご指名を受ける直前、私は、フラッと導かれるかのようにデパートの『ハンガリー展〜エリザベート王妃の生涯と歴史』に入り、観覧しながらも、心の中で、「私はなんで、こんな興味のない展覧会を今見ているのだろう?ハンガリー・・東欧のこの街へ行く事もないだろうに、でもどんなとこかしら?エリザベートはここで暮らしてこうしてああして。」いつしか悲劇の王妃のストーリーに心が傾いていました。「・・私はここにいく事があったら今日これを見ている答えがわかるわ・・でももっと行きたい国はたくさんあるから、ありえないか・・」と自問自答しながらこの街について、空想していたのでした。
その数日後にかかってきた一本の電話。「ラ・マリエという本の撮影を今年はハンガリーでしますけど、担当してみますか」と。直接先生からお電話があったのでした。
ら・っ・ま・り・え・・・・は・ん・が・り・−・。。私は何回も何回もどういうことだこれは一体?とかつてため息をつきながら見入っていた私を思い出し、そして、数日前のデパートの私を思い出し。。説明のしようもない出来事に戸惑っていました。
いつの日も心に描く時は、「こうなったらいいな、かなうわけないか ?でも夢はただだから思い切り空想の世界に浸ろう」そんなかんじで思い描く・・映像として私の心にイメージするだけです。
その後は全く忘れます。インプットした後は解き放つのがポイントのようです。それに向かってまっしぐらではなく、全く関係のない、今目の前にある今日のり越えなければならない仕事や出来事、課題をひたすら向き合ってがんばること。これがいつの日かインプットした夢へと不思議の道が繋がっていくように思います。
さて、この間に他にどんな不思議な出来事があったかというと、1996年の出逢い以来、実に不思議オンパレードです。
*初めての三越のショーが終わり興奮冷めやらずお茶して、たまたま三越の正面ではない裏の玄関から外に出たら、三越の方に見送られて桂先生がタクシーにお乗りになるところにばったり出くわした・・
*たまたま行った京都からのかえり、新幹線ホームでばったりお会いした(1997年1月・先生は京都でショーをされた帰りだった)・・・
*私の両親がたまたま行った観光地の数ある蕎麦やのうちの一軒に入ったら桂先生が側近たちとお食事をされていた(1997年1月)・・・
*私の夫の母が新潟に旅行したら、新幹線の待合室で、桂先生にばったりお会いした。(先生は、テレビの取材で新潟の染色工房へ行かれる途中。2004年6月)・・・
*2004年6月・金スマの収録で桂先生の半生を撮るとき、昭和中期のアンティーク(といえば聞こえはいいが古ぼけた)な手芸屋さんで先生がリボンを選ぶシーンで、この広い日本の手芸屋の中で、テレビ局員全く知らずに選ばれたのが千葉の私の実家の店だった(こんな事ありえないですよね。。。両親が「うちの娘がKAORUKOだから当店で?」と聞いたら「えl?何それ」という事で一同ひっくり返るほど驚いたという話。
何でしょうね。この縁とは。この不思議な意味は?
次回は、魔法の国モナコ・世界中のセレブが集うモナコへ導かれた不思議な出来事です。お楽しみに。。。。
今日は久々の数ヶ月ぶりのオフです。ゆっくりしようと思っていたのに、又こんな事している私。そうでなくても毎晩睡眠不足。分刻みで忙しい一日を終えた後の毎晩かいているのよ。
クリエーターとして表現する事が楽しく手を抜けなくなってしまいました。今日から書き込みできます。公開はされません。お返事はごめんね。でも私はちゃんと見ます。ありがとうみんなー。
(秘書も合わせて休みだから写真を取り込めないからごめんね。)
| ツイートする |
07/10: 不思議な出来事 今日また空想が現実化した話(6)
ちょうど、スタッフと「最近音沙汰のない卒業生の○○さんどうしているかしらね?」(最後に話したのは、去年のセミナーに上京して以来だから、もう、かれこれ、一年ね。」と話が始まり、最後の時の会話を思い出しながら、回想し、その人のことをイメージしては、心に登場させていました。
そしたら、ナント。いつものことですが、夕方ウエディングの仕事が終わりアトリエに帰ると、その人からFAXがきているではありませんか。!
それともうひとつ。
ウエディングのお客様とのお打ち合わせをする直前に「〜さんにあの商品次はいつ来るのか?納品の確認をして」とスタッフに指示をしました。それは、私の花に欠かせない材料で、輸入の素敵なものです。もし今日のお客様がKAORUKOのそれらを、テレビや雑誌で見ていて、それをリクエストされたとしてら、対応可能かどうかをすぐさまお答えしなければなりません。
その輸入業者の〜さんの会社のマークは、白鳥でした。この指示を出しながら〜さんの名刺に描かれている白鳥のマークが心に浮き出てきて、私はこころの中で、その白鳥を鮮明に見ていました。スタッフが電話をしている間ボーッと白鳥を思い浮かべていました。
そして、19時過ぎにお客様とのお打ち合わせが終わり、マナーモードの携帯をバックから取り出し、チェックをすると、ナント!着信にスワン▲▲さんと表示されていました。
さっきの白鳥の人とは違う人ですが、これまた数ヶ月ぶりの方で、別段電話をしあう中ではありません。私と同じ全日本ブライダル協会の理事さんのこの方はスワンという白鳥のマークの会社を経営されていて、多角的に活躍されている方です。
べつの白鳥でしたが、この着信が18時すぎ。私が白鳥を心に浮かべて遊ばせていたまさに同じ数分違わぬ時なのです。
この事実にスタッフは又いつもの当たり前に起きる、不思議な出来事として「いつも当たり前に連絡取り合っている人では全くない二人なのに本当に同時刻にまた先生が引き寄せましたね」と、うきうき楽しんでいるのでした。スタッフたちは毎日のように起こるこの程度の引き寄せと現実化をKAORUKO先生は魔法使いのようだと、いつも言います。もう当たり前すぎて慣れてしまってさほど驚きもしません。またですねって笑って楽しみます。
こんなたわいのない話でも、面白がり不思議がることがどんどんと引き寄せ現象をおこすのですよ。
今日は、過去ではなく今日の不思議な出来事でした。!
| ツイートする |
07/09: 桂由美先生との出逢い。。空想が現実 不思議な出来事(5)
どのモデルも私の目が留まるページは、このドレスを着ていました。ウエディング雑誌からオーラを放つかのような、こんな素敵なドレスをデザインする桂由美ってどんな人だろう。・・・そう思いを胸に足を運んだ衣装屋さん。そこの女社長は私の心を読むかの様に、「これが桂先生よ」と2ショットの写真を見せてくれました。私はターバン姿の写真をみた時、隣に私を重ね合わせ(いつか私も一緒に撮りたい)と心のなかでそうつぶやきました。
それから月日は10年たちその思いが現実になろうとは誰が予測できたでしょう。
1996年秋。横浜三越での始めての出逢いになったドレスショーのそのあとに、三越さんの粋な計らいで2ショットの写真を撮る事ができたのです。コチコチになっていた私の心をまるで読むかのように、写真なんて撮る事すら予想だにしてない私に!。。それはいつかイメージして重ね合わせた桂先生自分との2ショットでした。
もうやめようかと未熟な自分にいやけがさして、落ち込む毎日。涙も枯れ果てた頃、それでも一途に打ち込んでいた仕事姿を遠くから見ていた人がいたのです。。ある横浜の名士の奥様たちが娘ほど年の違う私を横浜三越に紹介してくださいました。ここで、私は、カルチャーサロンの先生を行なう運びになりました。
三越での会議の後にドアを出ようとする私に「そうそう、今度のブライダルフェアに桂由美が来るよ。そのブーケ作ってみる?」。。。一瞬耳を疑う私にこうやって信じられないチャンスが告げられたのです。
思えば、マーサスチュワートに憧れて子育ての合間に何度も広げたウエディングの本。ふらっと立ち寄った本屋で、つい手にするのは「ラ・マリエ桂由美の世界」でした。私も着たんだったYUMIKATSURAのドレス。いつかこんな素敵な本に私のブーケを合わせられたら。。。
傍らで寝息をたてる子供。何の根拠もないただのかなうはずもない思いでした。
こうして、私の空想、イメージした事、心にインプットした事は月日を経て現実の世界に現れ始めたのです。
これが一生で一番のうれしい日かも。信じられないチャンスの日に違いないと、現実になった喜びに感謝し、『どうして?』
というような不思議な出来事に、ふるえながら、なにかわからないけど見えない力の存在と、ありえない出来事にこれから一体なにが始まるんだろう。。。という思いに包まれました。
そして、それはこの日限りのできごとではなく、これから今日までの10年間不思議なたびの始まりなのでした。
続きはまた今度ね。(予告)
初めての海外での撮影はハンガリーのブタペスト。
「ラ・マリエ桂由美の世界」だった。!!こんなことってある?お楽しみに。
| ツイートする |
07/08: 夢を試される試練と挫折 不思議な出来事(4)
ウエディングのお客様とのお打ち合わせは楽しくて、プールにも花を浮かせたり、摘みたてのバラ園からのバラたちをふんだんに使ってフラワーアーチを作ったり、カップルの思い出や、出逢い、趣味、などのおのろけ話を聞きながら、お2人らしい会場装花をデザイン、プロデュースをしていきました。
ビール会社にお勤めの彼と、香水の調香の仕事の彼女には、「ビールとフレグランスのラブストーリーっていうテーマでパーティー会場をかざりましょう。!」「キリンラガー缶とカルティエの箱の赤にミニバラの赤をあしらってかごに入れましよう。ティファニーにはブルースターをいれて。。」と、テーブルごとにおもてなしの花を変えては、ゲストも喜んで思い出に残るパーティーつくりになるわと、ときめきながら、こんな風に進めていました。
まさに気分だけはマーサです。
楽しくて楽しくて、いま思うと、これは仕事ではなく趣味の作品展。プロ度が皆無でしたから、翌月の花屋からの請求は全く大赤字。お客様から頂く以上のことをやってあげたい一心、喜ぶ顔が見たい一心で、やればやるほど支払いに終われる有様。
焦る心の隙間には悪魔が忍び寄り、きがつくと、うまい話に乗っては、「また杉本さん便利に使われたらしいわよ」。。。と、他からおだてられてはいけいけのりのりで請け負っていた仕事も支払いをしてもらえないなどの連続。そして、周りのお手伝いの人(スタッフというほど自分自身も人を使いこなせていなかった)
は一人去り二人去り・・・いつかキットと夢ばかり語る私にやってくるのは、支払い請求書と、うまい話だけだったのでした。
のせられる、だまされるのも自分がいけないいんだ。
ときずき、人を信じたことだけは後悔せず、今後の学びになるようにまた立ち上がってがんばろう。・・そうやって自分を励ましては、一方で、もうやめよう、いつやめよう、自分には向いていない、と打ちひしがれ、一人枕を濡らす日々が続きました。
繰り返し見た夢をいま手にしている自分。叶った喜びはそれはスタートでしかなかったのです。これからもっともっとやってくるであろうたくさんの試練に挫折する事なく自分はやっていけるのだろうか?やめる理由を心の隅で探す自分を情けなく思い、でも現実はどん底。これでもかとやってくる試練に涙も出しつくしました。
「でも、好きだからがんばろう」と日々の目の前にある仕事を何も考えずに、がむしゃらに一心不乱に向き合う自分がいました。こんな事やっていても何になるんだろうというような、一見何の価値もないような、損得だったらやめたほうがいいにきまっているようなことでも、ピュアな気持ちを忘れずにどれだけ夢をあきらめずに走り続けられるのか?
無の境地になった時、そこが人生の成否の分かれ目とずいぶん後からわかるようになりました。
それは。。。そんな時女神様が現れたのです。
運命の扉を開ける出逢いが。
1996年秋のことでした。
続きはまた。。。次回は、うそのような不思議な出逢い
こんな事ってある?という
桂由美先生との出逢いです。お楽しみに。
| ツイートする |
夢に見たマーサスチュワートの世界が現実に
フラワーアレンジメントをはじめたのは、自分の結婚式のブーケをつくれるようになりたかったから。お気に入りの花で飾り、最高の笑顔で、バージンロードを歩くのが夢でした。
ブーケや髪飾りは存分できたけどパーティー会場の花だけは夢をあきらめなければなりませんでした。
当時の日本の披露宴会場の花は、お決まりのパターンのアルバムから選ぶしかなく、値段で花がきめられていて、なんかおかしい・こんなのへんだ・心の中でつぶやいて、そして悲しい思いを抱えたままの結婚式となりました。1996年のことでした。
この残念な気持ちがあったからこそウエディングを思う通りの花でプロデュースするという仕事をしたらどうかしら?きっとみんな喜ぶはずと思いはふくらみました。
まだそんな仕事が成りたちニーズがあるなどと誰も思わない頃でしたが、いつかキットと、思いは日に日に膨らんでいきました。
そんな時手にした輸入されたての一冊の本。水色の表紙をめくりページを進めると、そこに繰り広げられていたのは、プールサイドや、広大な草原、海辺、湖畔、お庭での結婚式。そうガーデンウエディングの世界だったのです。
ウエディングプロデューサーとしてその本の中で、輝きながら楽しそうに仕事をしているのは、マーサスチュワートという名前だとわかりました。
今から18年前。1988年。
その日から思いをはせながら、私は、この本を幾度も幾度も広げては、自分を投影し、私はこの本の中で、ブーケをつくり、バージンロードを花で飾っていました。空想の中の私はいつでもきらめいていました。。こんな仕事がしてみたい!!日に日に思いはつのり、本の中の自分は毎日が楽しく次第にいてもたってもいられなくなりました。
それから、やく7年後。1995年のことです。
横浜のカントリークラブ脇に広がるまさにこの本の舞台かと見間違うかのようなガーデンで、私は、フラワープロデューサー、ウエディングプランナーとして、仕事を始めることができました。
引っ越したばかりの横浜で、教えだしたフラワーアレンジメントの生徒さんが、夢を語る私の世界にぴったりな場所があると教えてくれたのです。
すぐさま駆けつけると、そこはまさにイメージしたとうりのプールや、広大な芝生が広がっていました。絶対ここで、私は、仕事をするんだ!と確信。イメージはどんどん広がりました。本の中から出てきた私がここにいました。寝てもさめてもわくわくとした気持ちはしずまりません。
ついに勇気をだして直談判しに門をたたいたら、あっけなく実にあっけなく「ニーズがないわけじゃないんだ、面白そうだね、。じゃあやってみる?」と。
夢を語り、これからの日本はぜったいこうなると力説する私にいとも簡単にその仕事を託してくださったのでした。
タイミングや出逢いが人生を変える。
これは杉本薫子が後にKAORUKOに変遷していくためのほんの小さな始まりでした。
本の中に見たアメリカのガーデンウエディング。自由なオリジナルウエディング。
思い思いの花に囲まれて幸せそうにしているカップルたち。
私はここで、まさにマーサのように幸せのお手伝いの一歩を踏み出しました。大好きなお花で。
イメージしていた事が現実に目の前に現れる。
思いが叶う。
見えない力の不思議さ神秘さ
心に強く念じた事は、叶うのかも知れないとおぼろげながら思いはじめた一歩だったのです。
この続きはまた。
| ツイートする |
06/14: 不思議な出来事(1)
出発前の私、玄関アプローチにて。昨日おこった不思議な話
かねてより、「魔法使いみたい!」ト言われることが多いのです。私の著書を読んでくださった方はお分かりでしょうが、思った事、念じたことが現実になります。イメージで、描いたことが、目の前に現れる速度が、このごろますます加速していて、KAORUKOさんの求心力は、凄いと私の近くにいると、皆さん驚きます。
昨日のことです。
おそらく講演をして、パワーやオーラを出しながら、頑張るのですが、その流れで帰宅した時のことです。。。。こういうときは、いつもよりパワー炸裂という感じです。空気が動くようなかんじだと、皆が言います。
昨日のセミナーの帰りに、KAORUKOブランドのライセンシーの会社の人たちと、次回の新作の宝石デザインについて会議に。
KAORUKOブランドのいつもつけている、3連の桜のモチーフのピアスが、もう3ヶ月もなくて、なくしたんだとあきらめ、この人たちになくしたとも言えずに(KAORUKOが広告塔として、このピアスをつけるのが、いわばライセンシーとのお約束。)真剣に初めて真剣に、「出てきますように!!」とあせって心にイメージして、目の前にあるかのごとくイメージしました。
そしてもうひとつ。
ある開発中の素敵なもの(まだ内緒ね)を実は今特許申請しまして、コレが申請できたかどうかで、特許申請中と商品に印刷できるのですが、どうなったか?ということを尋ねられ、うーむ、確認しなきゃ、と思い、自宅へ。
ナント!私のいつも原稿を書く机に行ったらそのピアスがあるではありませんか!?そして、私がつくやいなや、ファクスから、ダダダーッと、特許申請書類が届いたのです。!
答えがまたやってきたんです。
ピアスにについては、実は、書斎を今日掃除していたお手伝いさんが棚の上から、ザザーッと、いろいろ落ちてきて、そこに、もう使っていないカチューシャと一緒になって袋に入れてあったというのです。それで、机に置いといてくれたというわけです。
絶妙なタイミングで、現れたピアス。更に、3日前から探していた保健証も一緒に落ちてきたって!
凄い凄い!!今日は3つも引き寄せたわ!!とルンルンしていたけど、コレって単にちゃんと整理してればよかっただけか?と冷静にシラッとも一瞬なったり。(汗)
こんなことが、よくおきます。
あの人、元気かな?と思うと、電話がなってその人だったり、何年も会っていない人を思い浮かべて、歩いていたら、あうはずもない街角で、1秒ずれていたらあえない出逢いをしたり、あれ食べたいわね。と話していると、ぴんぽーんと届いたり、これらの出来事はいわば入門編。こういうことが日常茶飯事におきだしたら、意識をしていくと、あら不思議、!!どんどんイメージしたことが現実になってきますよ。
それでは又、!!行ってきマース。
KAORUKO
| ツイートする |


KAORUKO Facebook





TORAY PPO
TORAY PPO

コロンビア大使館
25ansウエディング
25ansウエディング
百日草のはなよめ
フローリスト 2
25ansウエディング
フローリスト 1
25ansウエディング
フローリスト10
2010.09
2010.09
2010.07.22
2010.07.02
2010.05.08
2010.05
2010.03










