
つい先日合間をぬって久々にヘアーカットとカラーに行ってきました。おなじみの土屋雅之王子と右は、たくちゃんです。土屋さんの助手をしています。。。。
土屋さんはこのところの新庄フィーバーにより、コマーシャル撮影を世界中同行して担当しているから、この日もカレは久々にカットの仕事に入れたということで、「また明日からロスで撮影」ですって。そういえば、帰ってきてから気がついたけど新庄がハリウッドに行ってきます!って芸能ニュースで言っていたあれなんだわね。ハリウッド映画の関連の。
たくちゃんは土屋さんの助手として修行をしているので、いつもそういった撮影なども同行していますから私との撮影や私と土屋さんとのトークショーも来てますから、顔なじみ。まだほんの数年だけど、いつもまじめにコツコツと、実直に働いています。(これからも頑張るのだよ・・そのまま・・と祈るような親心の私)
私も人育ては仕事の一つだから、よく分かるけど、大体が有名人について助手をしていたり傍らで秘書をしていたりすると、いつの間にやら勘違いが始まります。自分までちやほやされてるのが実力だと思い始めたり、凄い仕事場や、凄い人に会えることや凄い体験をしていることが当たり前のように慣れてしまい、本当はありえないことだということにありがたい気持ちを忘れてしまい、謙虚さをわすれ、いけいけになる。私はいつも自分でさえ、ちやほやされることを冷静に受け止め、見つめて初心や原点を毎日思い出す用にリセットボタンを押して、新しい一日、生まれたばかりの気持ちで、新鮮にピュアに仕事や出会う人に向き合うことが一番大切だと心がけているから、もちろんうちのスタッフや秘書、地方の天使ライセンシーの人にまでこういうことをうるさく言い聞かせる。私でさえこうなんだから、皆さんはもっと勘違い女にならないように自己を常に律し見つめることって。。。
私が出合った一流の方々はそうした修行の日々をとうりすぎてきて今があるのだし、又その傍らでもう10年以上長く付いていらっしゃる方々もトップのそういう心に自分も学ぶから、このあたりはやはりさすができている方が多く、その姿に手をあわせたくなる位の方もいる。反対にいつの間にやら勘違いの集団はいつの間にやら気がつくといなくなってしまった・・というように、うまく成功するわけがない。。生き方の方程式がよく分かる。
本当にいろいろ勉強になりますよね。
修行の日々は技術やノウハウだけでなくそんなことを実は教えてくれて、学び、上のものからも周りの人からも天からも試されているということなのだ。
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01/31: 人生再チャレンジ。。毎日が再チャレンジ
ノロウィルス対策、飲酒運転対策の講義を専門の先生から学んだようです。私は、昼のスケジュールもいろいろあったので、この講義は参加できずに残念でした。夜のパーティーからの参加。
ホテル式場は大変ですよね。本当に。このあたり。。
さて、こうやって思いもしないノロのように鳥インフルエンザも大変ですよね。そして思いもしない人生の展開となったそのまんま東知事も。人生どこでどうなるかわからない。人生再チャレンジ。人生はどこからでもやり直せるといういい例として、総理もおっしゃったそうですね。本当に。早稲田大学で勉強し直したというから凄いですね。過去の事件があって、世間からも芸能界からも謹慎している間に自分を深く見つめ自分の人生とはなんぞや?と気づいたんでしょうね。。アッパレ。
私がいつも言う辛いことや悲しいことがおきた時、自分の何がいけなかったのか?自分に何を気づけと見えない導きが教えてくださっているのか?と自己を深く深く見つめることが大切。ほとんどのひとが誰かのせいにしたくなるし自分は悪くないとか一生懸命やっているとか正当化する。いやなことが起こる時こそ自己改革のよいチャンス。そうやって受け止めてこそ、劇的な人生の展開が起きるもの。私自身もそうだった。こう考えると、再チャレンジとは、大きな一度や二度ではなく、毎日に言える。昨日も今日も明日も一度しかない人生、ただなんとなくのまいにちではなく自己改革しながらきらめきたいですね。
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01/24: 人生とは魂を磨く旅・感謝

(ブログで使用する許可をホリさんマネージャーさんに頂いて使用しています)
最後に私が成功の秘訣というコーナーで、書いた文はこの時に収録しました。
『人生とは魂を磨く旅・感謝』
と書かせていただきました。ホリさんが私の言ったことを補足して下さっていましたが「人生は辛いことや悲しいことはつき物、でもそこから学ぶことが傷ついても自分を磨くことになる。そう考えれば辛いことや悲しいことにも感謝だと思える自分になれる。」ということです。
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01/21: 寒い冬を耐えて花を咲かせる自然の法則
通り並木のこぶしのつぼみも日に日に大きくなり始めていて、白い花びらをうかがわせる姿を見ると何だかキーンと寒い冬が恋しい気もします。
春がまだかまだかと寒い冬に白い息を吐きながら過ごす日々が。寒い冬を耐え忍ぶからこそ春の雪どけや芽吹きがすばらしく感じるのだから。
人生もそう。とことんどん底まで行かないと上がらないんだと私の尊敬する人生の先輩の方々はよく私を励ましてくれました。谷深ければ山高しとも。辛いことや苦しいことが長く続いても朝のこない夜はないように、そして、夜明け前が一番暗く静まり返っているように。
頑張って耐えてきていいことなんかあるのだろうか?と長く長くそういう時期が続く時は、打ちひしがれてしまいますが自分を信じて世の中のそういった法則を信じて・・・と私はいつも自分に言い聞かせます。
だからもう一歩だけ頑張ろうと、そういう繰り返しで今日があり、それはいまだ進行中。
挑戦はいつになっても終わりがない。その時々にふさわしいハードルが用意されるのが人生。でもここまで、乗り越えてきたのだからやめたら今まで頑張ってきた自分に申し訳ない。そんなふうに毎日。
こぶしの花が白く大輪の花を咲かせだすともうすぐ桜の番だと木々は一斉につぼみをつける。
自然の摂理と調和して、自分の人生を置き換えてみると、何だか勇気がわいてくるね。
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不二家事件や、いろいろな不祥事から学ぶことは、ローマは一日にして成らずではないが、ブランドは一日にして成らずなのに、積み重ねてきた信頼が音を立てて崩れていくのは瞬時。だからこそ、いつの時でも原点を忘れずありがたい気持ちを忘れず一歩から頑張ってきたことを忘れず、いつになってもその気持ちで一歩一歩・・・ということなのではないだろうか?3代目4代目になってもこうした毎日の積み重ねさえ怠らなければこんなことにはならなかっただろうに。創業者の無念を自分も創業の苦労を日々乗り越えながらここまで来ただけにむなしく思う。昨日の考察に加えて、その様に感じる。
私の娘も「ミルキーがなくなっちゃうの?」と悲痛な声で、残念がり、かくいう私だって幼少の頃「かおちゃんはぺこちゃんに似ているね」「いやぽこちゃんのほうがにている」と近所のおばさんなどに言われて育ち親近感があるし、子育てでも不二家ブランドにはお世話になった。だから悲しいし残念でならない。
花という世界、ブライダルという世界で、KAORUKOブランドと言ってもらえるようにお陰様でなった今、自分ではまだまだこれからと思う今の気持ちを常に忘れずに毎日リセットボタンを押して、今日は大丈夫だったか?と自分に問うて歩いていきたいと思う。
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新聞予告が大げさでコッパズカシイかったわ。(汗)
今日は
芸能人の記者会見のほかにも不二家の事件など、騒がせてましたね。
なんだか、私がいつも言うことですが「ちょっとくらい」、「これくらい」、「ばれなきゃいい」、ということが、地球規模で暴かれ出して、悪いことは良くないことだということ、人としてどうなのかを問うて仕事をする時代がやってきていますよね。正直すぎるくらい正直に生きる。コレが間違いないんですよね。仕事だって人がするわけだし、人を相手にするわけだから、仕事こそ、正直に。隠蔽をしなくてはならない種を個人個人が作らないようにその瞬間瞬間を正直に生きる。ということが大切ですね。(1月3日のブログ参照)
人づきあいも同じこと。「○○さんがこう言ってた」と悪意があるないにかかわらず耳に入れば、大衆の誹謗中傷は気にしないけど個人的なことは私はその本人に直接確認する。耳に入れたほうは、とうの本人に聞かれて(やばい!)と思うなら反省すればいい。その実一緒になって言っていたなら自分だけ棚に上げて人をおとしめる言動は恥ずべきだと知る機会になる。
そして、作り話、大げさな話、うそ、他人の誹謗中傷、はしてはならない、自分に返ってくるんだな・・・と気付くことになるから。気付いて反省して2度としないと輝ける人格になってくれればいい。悪意があってかき回そうとした人は恥ずかしくて尻尾巻いて逃げるしかなくなるだろう。
言動は責任を持ってどこからつつかれても何も出てこない、やましいことはない、うそはない、と胸を張って生きていける毎日の積み重ねが、ちょっとくらい、ばれなきゃ、私だけなら、という心理が自分の辞書にはまったくないという自分を創るのだから。
仕事はそういう人の集まりの集団なのか否かで、企業倫理が決まるわけだから。
私は自分もそうであるから、スタッフにはこのことをガミガミうるさく言うしKAORUKO天使ライセンシーにも集会の都度うるさく言う。KAORUKOイズムとして。天使が舞い降りてきて美しい人の心を打つブーケや、幸せのお手伝いとしての結婚式の仕事をしているのに、そこが曇っていたら人の心はうたないし、純粋に輝く美しい作品は作れないと思っているから。これからの時代特にこのポイントが大切だとかねてからうるさく言っている。
それにしても不二家。創業者の心をどれだけ、その企業イズムとして、社員や、末代まで伝えていくことができるかでこんなことにもなってしまうのだろう。残念だ。
ガミガミ言ってくれる人、ガミガミ言う仕組み作りが、会社もコミュニティーも必要だ。ガミガミ言ってくれる人がいないとしたら自分は大丈夫か?と常に自己に問わないと。人は弱いから流されたり、忘れたり、仲間になったり、うなづいたりしてしまう。いつの間にか自分も加害者になり、それは被害者でもあるのだから。
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今日はご招待を受けてパーティーに行きました。
カナダ大使館に併設するシティークラブオブ東京です。
私も大切なお客様(有名人とか面が割れては困る人)と会食したりする時は、ここを使ったりします。会員制の高級クラブとでもいいましょうか。。。
いつ行っても高級感漂いとても落ち着く感じで好きです。
今日は、かねてから土屋さんがイタリアでセレブウエディングをKAORUKOさんと一緒に組んでやりたいということで、彼の大好きなフィレンツェから、公爵令嬢が来日して、このお姫様のお城が、ウエディングに使わせていただけることから、この集いが行われました。私はかつてパリコレを手掛ける前にイタリアはローマでは、ローマコレクションも担当したので、花市場に行き、滞在しながらウエディング市場も視察したりしましたが、フィレンツェのウエディングは初めてなので、土屋さんのお声かけで、こだわりのセレブのウエディングをここフィレンツェでも手掛けられたら素敵。
かつて、KAORUKOハワイ、KAORUKOグァムってやっていた時期があって、ウエディングをやりましたが、やはり日本のブライダル市場となんらかわりなくなっているし、本当にいいものを一日一組、家族みたいにお世話するというやり方を私らしさとしてはやりたいので、お手軽お気軽になってしまった地域は、あまり興味が失せてしまいました。。
やはりこれからは、こうしたヨーロッパの古城とか私の得意でよく滞在する南仏のモナコ、コートダジュールを拠点に展開していきたいですね。KAORUKOヨーロッパって感じでね。ヨーロッパのセレブウエディングプロデュースを任せてねってかんじでね。
かつて、紺碧の地中海の向こうにアルプスを臨む南仏のとある高級別荘地や、モナコは何回も行ってこうしたウエディングを手掛けたり、花市場に行き、花の撮影もしたりして本当にKAORUKOといえばモナコ。モナコKAORUKOって冗談言っていたの。(KAORUKOの世界/芳賀書店刊・・)参照。
王室のパーティーも行きました。その話はまたいつか書きます。
でも語っていると現実になるんだなーって今日も土屋さんとしみじみ。3年ほど前にヨーロッパでこれぞセレブウエディング!っていう展開したいし本出したいねって言っていたの。そうしたら土屋さんがまず導かれて、こうした方たちと知り合って「KAORUKOさんという・・」って私のことを話そうと思ったら、もうすでに知っていて、私のホームページもブログも見ていてくださっていて私を気に入っていたらしく、逆に土屋さんがビックリ!したんですって。世界のどこかで私の知らない誰かが私を見ているなんてね。!凄い。!私の揺れるブーケやKAORUKOならではのKAORUKOブーケをイタリアに!って。だから今日もこんな感じで初顔合わせ。
「KAORUKOさんイタリアにまで、引き寄せちゃいましたね」と傍らで聞いていた博多さんも笑って。。
私と土屋さんの初めての仕事は、25ansウエディングの撮影だったから今日は博多さんもいっしょで、いろいろ盛り上がってとても楽しかったわぁ。
寝てもさめても仕事仕事と天職と適職が合致した幸せな3人だから、話が盛り上がります。仕事に情熱かけられて、夢広がるビジョンを見れるって幸せ。ありがたい。
そのうちやっぱりモナコかコートダジュールのどこかに暮らして、ニーズに合わせて帰国して、ウエディング担当したりレッスンしたりって暮らし方もいいかもね。(イタリアも良いし迷いますね。。でも南仏なら近いからね陸続きだし)息子もイギリスだし。その時々によって暮らし方をかえる。そんなKAORUKO流もお楽しみに。そうしてもこうしてブログはかけるし見れるしね。。。そんな夢語るディナーでした。
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都心とは思えないたたずまいです。
つくばいで清めます
お濃茶点前が始まります
まずは床の間のおじく。書を拝見し その教えを学ぶ
ほうらい飾りを拝見
裏千家独特の結び柳です
初釜お約束は花びら餅。。
一年に一度このときだけいただくのがいいですね
その後はお薄席に移動。
立礼(りゅうれい)だから足がもういたくないわ
こちらはお干菓子
結構なおふく加減でございます
お祝いの一献です
干支の亥入りのお扇子を頂戴しました
茶懐石ではなく今日は福が来るように河豚(ふぐ)ですって
右から日本ケンタッキーフライドチキンを創業され今は勇退された元社長の大河原さん・米澤先生・私・同じく日本ケンタッキー元専務の宇野さんと。KAORUKOブランドのビジネスマネージメントをしてくださっています。ありがたや〜^^

こうした政財界のそうそうたるメンバーが集うお茶のお稽古場ですが、私が嫁入りまでに手ほどきいただいた先生は千葉でしたが、この仕事をするようになって知り合った先生です。
今日は初釜なのでお濃茶席は神妙に。そしてそれから先は楽しくめでたくでした。一年が始まるって感じです。
★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★
何千回も何千回もお稽古を重ねて極めていくお点前は、優美です。空気をも止める静寂に身を置き。美しいお点前を拝見するのは勉強になります。
ブーケも同じで、何千回もゆれるブーケを作ってきた者と、100回作りましたでは雲泥の差となる。昨日の神主さんもおっしゃっていたが、神さまの前で手を合わせて打つ仕事を朝も昼も夜も病気でも酔っ払っていても眠くても寒くても修行時代から何十年と鳴らし続けてきた立場だけが知るパン!パン!と打ったときの音の反響(響き方)の違い、極論神様の前で打つ、携帯電話に向かって打つ、人間に向かって打つ、など対象物によってなり方があるそうで、そこまで体感できるようになって初めて極めるということ。それが『身につく』ということ、見えないものを見、聞こえないものを聴く境地に達するのですよね。それは型(練習)だけでもダメ、心(思い)だけでもダメ、両輪あって初めて行き着くと。私事で言えばKAORUKO先生が作るゆれるブーケは同じようにまねしてやるのにまったく違うと生徒さんも観客も言うが、ゆれるブーケのゆれ方だけを寝てもさめても追究したから行き着いた・・微妙な差。コレも同じ。三十数年前の日本にゼロからファストフード・フライドチキンを浸透させるための茨の道を開拓してこられた努力も凄い。いまや当たり前の文化にしてしまったという功績。(国から褒章されてますが・・当たり前よね)コレも同じだろう。
物事を極めるとは全て同じ。継続は力なりだけど継続とは反復ではない。(やってるつもりで止まっているのは自己満足だと)やり続けるということは前にすすみ続けるという事。。継続し続けるということは文化になる。コレも神主さんがつぶやいた一言。。深い。
何万回も型を練習して(つまりそのことだけをやり続け)心が入ったときにそこに神様が降りてくる。。そうです。うーん。納得。。。天使のゆれるブーケとはわれながら言い当て妙だわね。
だから人の心をうつ。。美しい。
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01/03: 「生き方の選択」というテーマで会報誌を書きました。
不思議とその年を予言したように世間の流れがなったりします。当たり前といえば当たり前ではありますが、世の中の動きやニュースを私はとても興味深く見たり読んだりしていますから、そこから感じた私なりの考察を書くわけです。年に何回か送付するこの会報誌を皆さんとても毎回楽しみにしているとのことです。
昨年初めは、『正直ものが陽の目を見る時代の到来です。悪は暴かれ透明性重視の時代に』
というようなタイトルで書きました。姉歯事件などが勃発したり、共謀罪の論議が騒がしかった頃でしたから、ひょっとしたらコレは、地球規模で、ずるや悪はもうとうらない時代が来るのではないか?つるんで悪いことをしたり、わからないからといって悪事を行うことも、お天道様(おてんとさま)が見ているということを人間に伝えているのではないか?と感じたからです。企業レベルだけでなくそういうことから私たちが何を学ぶかということを噛み砕いたときに「悪口陰口は言うものではありません。解らないからと思って仲間とつるんでズルをしてはいけません。公の知るところになり必ず自分に返ってきますよ。誘われただけ、相槌をうっただけと弁明しても同じ穴のムジナになってしまいますよ」ということに結びました。その後昨年は、ホリエモンや村上ファンドの逮捕、知事の談合、などが暴かれだしました。
一昨年は、確か『幸せの青い鳥』について書きました。親が子供を殺し、子供が親を殺し、子供が子供を殺す世の中の異常さに幸せを外に求めてさまようのではなく、自分の心に青い鳥はいたという話は、でも旅に出たからこそ、辛いことや悲しいことを乗り越えたからこそ幸せは心の中にあるんだということに気づける人間になれたということを書き傷ついてこそ成長するのであって乗り越えて生きなければ・・というようなことを書きました。
さて今年は、「生き方の選択」ということについて書いてみました。会員だけでなくそのうちこれらをホームページ上でも見れるようにしていきたいとは思っていますが、KAORUKOグループの人へ向けて私からのメッセージなのです。
★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★
朝から夕方までは都内の某神社におまいりにスタッフと行き、美味しい和食をたまには熱燗で乾杯ということで頂きながら新年の抱負を語り、胸ワクワクと今年のこれからの出来事を語りました。毎年想定外の出来事が起こり世間や周りをビックリさせるKAORUKOの人生について、今年はなにが起こるんでしょうね?と大人になっても想定されるレール以外のことが起こるとはなんとも幸せなことだと私も思うし傍らで働くスタッフも楽しみながらワクワクできる用です。
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01/03: 人生も仕事も勉強もスポーツと同じ。。幸せを呼ぶ法則
2006年はスポーツを通していろいろなことの学びがありました。
スポーツは見ていて解りやすく結果が明確にでるから特別なことのように感じますが、実は、私がいつも説いている人生の見えない法則をスポーツに置き換えたらよく解るかと思います。
目標に向かって(目標とは・・夢・ゴール・優勝・成功・金メダル・日本代表・日本一・世界進出・メジャーリーグ・チャンピオン・お金・契約達成・・とそれぞれの分野に置き換えてください。)
頑張る、ひたすら頑張る、昼も夜もそのことだけを考えて集中する、(素振り、トレーニング、ピアノを弾く、絵を描く、音楽を作る、花を習う、氷上をすべる、走る、ボールをける・筋トレ・・とそれぞれの仕事にも置き換えてください。)
人の倍以上挑戦して苦しんでようやく何万人の中からトップの数人に選ばれたり結果がまあまあでてきたりする。練習に練習を重ねたから伴う結果というもの。やらないで待っていても、またはそこそこやっていても結果はそれなりにしかでない。その間というものは自分との戦いであり、くじけそうになる心と戦い、「所詮・・・そんなにまでして・・」という他者の声と戦い、出ない結果と戦う。ただ信じて信じて自分と結果と見えない力を信じて自分への挑戦をする。
しばらく伴わない結果にいらだったり、あきらめたり、落ち込んだり、やめる理由を探したり、この間は、神様が(運命の女神と置き換えても)わざと試練や挫折を与えたりする。ここで自分にあきらめる理由を言い聞かせてやめて行く人がほとんど。運も実力のうちで、怪我や、病気という事態を味わうこともあるが、体調管理も又実力なのだ。
どうもふるいにかけられているのだと思えばいい。そんな試練や挫折に負けないで、そこから何かを学ぼうとしていっそうしつこく取り組んだとき不思議と光が射し込み結果が与えられる。
それでも甘んじることなくさらにさらに挑戦したものが数万人の何人かではなく一握りのアスリートになって行き、その分野で歴史に名を残す一人になっていく。
こここまで至るには、肉体的な努力だけではある瞬間からはだめで、外野の誹謗中傷に屈さない精神力、惑わすような出来事に耳を貸さない孤独に耐える心、思いを具現化するぞという強いイメージ力が不可欠となる。がここまで来れる人はこの部分も苦い体験を学びとして鍛錬したからこそ兼ね備えここまで来れるのである。
そして、最後の決め手は邪心を払った素直な心が伴って真摯に取り組んだとき、見えない力がそれを見ていて手を差し伸べるという、神がいるとしか思えない奇跡的なことを起こしたり、女神が舞い降りたとしか思えない競技で人の心までをも感動させるのだと思う。「ありがとう」頑張った自分にありがとう、支えてくれた周りにありがとう、見えない力(神様、運命、など個人個人のとらえかた)にありがとう、と感謝を知る境地になる。
そしてその瞬間を境に顔つきまで変わる。心が変わったから顔も変わるのだ。そして、人となりは人を魅了するようになる。私が出会ったビジネスの世界、アーティストの世界、どんな業界でもそういう意味の一流はこういうルートを通ってきているから人格がすばらしい人が本当に多い。
昨年の活躍したスポーツ選手を一人ひとり振り返ると、誰もが、ここに至るまでに上に記したような出来事(失敗、負け、悪成績、誹謗中傷、ライバル・・)がニュースになり、それでも挑戦し、結果を出した人ばかりだ。
私は、スポーツは、ほとんど知らないし、取り立てて興味がなかったが、私が僭越ながらここまでの自分の道のりを振り返り自己の体験から学んで得た見えない法則を『幸せを呼ぶ法則』として何冊かの著書にしたためているが、このこととまったく同じだと思ったので、やはり、ジャンルは違っても、人生の仕組みはこうなっているらしいと改めて実感した。人生も仕事も勉強もスポーツも同じだと思って、皆さんも自分にこれらのアスリートたちを置き換えたら、何が今足りないのか?を教えてくれるのかも知れない。
一握りに行くにはちゃんとわけがあるのだ。心の鍛錬が確実に伴うから、人のことを気にしている暇があったら自分とむきあうべきと悟っている。自分という軸がしっかりしているからぶれないのだ。まだその境地に悟っていない人は、あれこれ人の批判もしたくなるし、自分への言い訳もしたくなる。自分はもっと本当は凄いんだとプライドだけが大きくなる。
悪循環に陥り、次の関所はとおれないだろう。
世の中の人はみんな頑張っている人のほうが多い。でもなんで一握りに入れるのか?を考えたとき、方程式のようなこんな仕組みがあるのだ。いつも私が講演でも語ることを今日はスポーツのアスリートに置き換えてみた。
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