07/09: 桂由美先生との出逢い。。空想が現実 不思議な出来事(5)
どのモデルも私の目が留まるページは、このドレスを着ていました。ウエディング雑誌からオーラを放つかのような、こんな素敵なドレスをデザインする桂由美ってどんな人だろう。・・・そう思いを胸に足を運んだ衣装屋さん。そこの女社長は私の心を読むかの様に、「これが桂先生よ」と2ショットの写真を見せてくれました。私はターバン姿の写真をみた時、隣に私を重ね合わせ(いつか私も一緒に撮りたい)と心のなかでそうつぶやきました。
それから月日は10年たちその思いが現実になろうとは誰が予測できたでしょう。
1996年秋。横浜三越での始めての出逢いになったドレスショーのそのあとに、三越さんの粋な計らいで2ショットの写真を撮る事ができたのです。コチコチになっていた私の心をまるで読むかのように、写真なんて撮る事すら予想だにしてない私に!。。それはいつかイメージして重ね合わせた桂先生自分との2ショットでした。
もうやめようかと未熟な自分にいやけがさして、落ち込む毎日。涙も枯れ果てた頃、それでも一途に打ち込んでいた仕事姿を遠くから見ていた人がいたのです。。ある横浜の名士の奥様たちが娘ほど年の違う私を横浜三越に紹介してくださいました。ここで、私は、カルチャーサロンの先生を行なう運びになりました。
三越での会議の後にドアを出ようとする私に「そうそう、今度のブライダルフェアに桂由美が来るよ。そのブーケ作ってみる?」。。。一瞬耳を疑う私にこうやって信じられないチャンスが告げられたのです。
思えば、マーサスチュワートに憧れて子育ての合間に何度も広げたウエディングの本。ふらっと立ち寄った本屋で、つい手にするのは「ラ・マリエ桂由美の世界」でした。私も着たんだったYUMIKATSURAのドレス。いつかこんな素敵な本に私のブーケを合わせられたら。。。
傍らで寝息をたてる子供。何の根拠もないただのかなうはずもない思いでした。
こうして、私の空想、イメージした事、心にインプットした事は月日を経て現実の世界に現れ始めたのです。
これが一生で一番のうれしい日かも。信じられないチャンスの日に違いないと、現実になった喜びに感謝し、『どうして?』
というような不思議な出来事に、ふるえながら、なにかわからないけど見えない力の存在と、ありえない出来事にこれから一体なにが始まるんだろう。。。という思いに包まれました。
そして、それはこの日限りのできごとではなく、これから今日までの10年間不思議なたびの始まりなのでした。
続きはまた今度ね。(予告)
初めての海外での撮影はハンガリーのブタペスト。
「ラ・マリエ桂由美の世界」だった。!!こんなことってある?お楽しみに。
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07/08: 本物のこだわりウエディングは心にしみるおもてなし
新郎は有名なラガーマン・花嫁さんは、桂由美先生のフランチャイズのお嬢様
こだわりのウエディングが始まります。
挙式は4月1日。お父様の建てられたチャペルでウエディングベルを鳴らす。なんて幸せなんでしょう。
KAORUKO作の生花の揺れるブーケ・・これはスクリーン映像から。
本日のケーキカットシーン。幻想的。
映画のように、計算しつくした演出。
左はテレビ東京「ガイアの夜明け」の取材。いまどきのこだわり婚。放送は7月下旬との事。お楽しみに!!
桂由美先生の主賓のスピーチから。
お色直しは手描き友禅の貴重な打ちかけ。
作家の有名な先生がスピーチ。長嶋、王ご夫妻も顧客さまとの事。
3回目のお色直しです。
KAORUKO作の宝石のブーケ。光にキラキラと輝きます。
輝きだけが彩りというコンセプトで、発表したての新作を享子さんらしさとドレスを拝見してトータルに美しいようにお作り致しました。
挙式後も新居に芸術品として飾って一生記念として輝きます。
ひとつは生花のブーケで、2つ目はこうした提案をしています。
ブーケについてのこんなKAORUKOの思いと、誕生秘話をスピーチしている私
ここで、桂先生と。
主賓テーブル。桂先生の隣が私の席で私の隣がYUMIKATSURAの梅本専務。無名の私を桂先生が起用された時から専務はほんとうに影ながらジッと見守ってくださいました。「桂先生、おしていただけますか?」と桂先生に無意識にカメラを渡し、「専務たまには私と撮りましょう」とポーズをつけた瞬間。。やばっ(汗)「桂先生に写真おしてくれなんて頼むの私くらいデスネ(あせる)」桂先生は優しく微笑んでいて、専務はすかさずフォローで、「KAORUKO先生、桂も結構写真とりますから大丈夫」と。そして、桂先生も「お花とか良く撮るから、きれいなのあったら。。。」と。そして優しく微笑む。(やっぱりシャッター押してくれなんて前代未聞だったかも)。。こうしてこの専務との写真は桂先生がおしてくださった貴重な1枚。
お開き後、享子さんと私で。
美しい。ほんとうに美しい花嫁さんにKAORUKOの花も活きます。水の泡のようにさまざまな宝石を入れて。
ドレスとのバランスで、ブルーの配色を細かく配分。水泡も飛び散るように。
お幸せに!!この後新郎の均さんは、ラグビーの遠征で、オーストラリアへ旅たった。
日本代表のチームで昨年は三冠王に輝いたチーム。チームのラガーマンがぜいいん出席で、爽やかでかっこ良かったです。
新婦の享子さんのご両親が桂先生のフランチャイズを長年経営されている関係で、私の桂先生のショーの初担当頃からとてもよくして頂き、感謝感謝のご家族です。先生の御本の撮影で行ったハンガリーのブタペストの王宮のパーティーで、享子さんがまだ女子大生のころに、お母様といらしていて初めてお会いしました。
300人を越すご披露宴で、それでいてお母様の手作りの暖かい演出は、いままでにないヒントが盛りだくさんでした。
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07/08: 夢を試される試練と挫折 不思議な出来事(4)
ウエディングのお客様とのお打ち合わせは楽しくて、プールにも花を浮かせたり、摘みたてのバラ園からのバラたちをふんだんに使ってフラワーアーチを作ったり、カップルの思い出や、出逢い、趣味、などのおのろけ話を聞きながら、お2人らしい会場装花をデザイン、プロデュースをしていきました。
ビール会社にお勤めの彼と、香水の調香の仕事の彼女には、「ビールとフレグランスのラブストーリーっていうテーマでパーティー会場をかざりましょう。!」「キリンラガー缶とカルティエの箱の赤にミニバラの赤をあしらってかごに入れましよう。ティファニーにはブルースターをいれて。。」と、テーブルごとにおもてなしの花を変えては、ゲストも喜んで思い出に残るパーティーつくりになるわと、ときめきながら、こんな風に進めていました。
まさに気分だけはマーサです。
楽しくて楽しくて、いま思うと、これは仕事ではなく趣味の作品展。プロ度が皆無でしたから、翌月の花屋からの請求は全く大赤字。お客様から頂く以上のことをやってあげたい一心、喜ぶ顔が見たい一心で、やればやるほど支払いに終われる有様。
焦る心の隙間には悪魔が忍び寄り、きがつくと、うまい話に乗っては、「また杉本さん便利に使われたらしいわよ」。。。と、他からおだてられてはいけいけのりのりで請け負っていた仕事も支払いをしてもらえないなどの連続。そして、周りのお手伝いの人(スタッフというほど自分自身も人を使いこなせていなかった)
は一人去り二人去り・・・いつかキットと夢ばかり語る私にやってくるのは、支払い請求書と、うまい話だけだったのでした。
のせられる、だまされるのも自分がいけないいんだ。
ときずき、人を信じたことだけは後悔せず、今後の学びになるようにまた立ち上がってがんばろう。・・そうやって自分を励ましては、一方で、もうやめよう、いつやめよう、自分には向いていない、と打ちひしがれ、一人枕を濡らす日々が続きました。
繰り返し見た夢をいま手にしている自分。叶った喜びはそれはスタートでしかなかったのです。これからもっともっとやってくるであろうたくさんの試練に挫折する事なく自分はやっていけるのだろうか?やめる理由を心の隅で探す自分を情けなく思い、でも現実はどん底。これでもかとやってくる試練に涙も出しつくしました。
「でも、好きだからがんばろう」と日々の目の前にある仕事を何も考えずに、がむしゃらに一心不乱に向き合う自分がいました。こんな事やっていても何になるんだろうというような、一見何の価値もないような、損得だったらやめたほうがいいにきまっているようなことでも、ピュアな気持ちを忘れずにどれだけ夢をあきらめずに走り続けられるのか?
無の境地になった時、そこが人生の成否の分かれ目とずいぶん後からわかるようになりました。
それは。。。そんな時女神様が現れたのです。
運命の扉を開ける出逢いが。
1996年秋のことでした。
続きはまた。。。次回は、うそのような不思議な出逢い
こんな事ってある?という
桂由美先生との出逢いです。お楽しみに。
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07/07: アール・ドゥ・ヴィーヴル花story vol 13

精霊が宿る森
ブルーベルが生い茂る
そっと顔をちかずけて
心を澄ますと聞こえてくる 見えてくる
妖精たちの語らいが
耳を清ましても 目をこらしても
感じる事はできない
心を澄ませた人にだけ
姿を現す精霊たち
KAORUKO
イギリスの知人からこの時期になると送られてくる1枚の写真。
妖精がいるとしか思えない一面のブルーベル
ほんの一瞬ゴールデンウィークのころしか見られないらしい。来年こそ見に行こう。テムズ川のほとりのこのブルーベルにあいに。
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07/07: KAORUKOイギリス日記 June2006 vol2
通常慣れしたしんでいる、青と赤の※見たいな旗ではなくて。
ケンブリッジまで、私用で行きました。
ヨーロッパっって、どこの国でも道端にこんな美しい花が飾られているのよね。生活を楽しんでいる。
これはケンブリッジの大学の一角にある、ニュートンのかの有名なりんごの木・・はるか昔、アイザックニュートンは、この町で暮らし、このりんごの木からりんごが落ちるのを見て万有引力の法則を発見したのね。
なんだか冗談抜きで、この町には、聖霊が宿っているような、そういにしえからの魂が高級霊となって漂っているような感じを受けました。ッとても明るいオーラの町だと感じました。世界中から脳みそが導かれて学びに来るというのもわかります。
イギリスの田舎に行くとありつける、私の大好きなクロテッドクリーム!ダイエットなんて気にしてはいられません。そう、バターと生クリームの中間みたいな純度とこってり具合。日本でもここ近年は日本の乳会社が製品化してますがやはり本場で頂くほんとうのクロテッドクリームは最高です。スコーンにはお約束。
ここはロンドン
ロンドンらしい街並みね。
私は仕事でロンドンを闊歩する時は非常に便利の良いロンドンパディントンヒルトンを利用します。ヒースローからエキスプレスも出ているし、お迎えが来ないときは思いスーツケースでも、乗降がなく、直通でノンストップのホテルの入り口までいける。ホテルマンたちとも「やぁまたきたの?」と気心がしれて、安心。お出かけも地下鉄が正面玄関の目の前だし。女性の一人旅でも安心よ。
イギリスのお決まりのトースト。こんなトーストホルダーは代々使ったりするそう。結婚式のケーキもあったので撮ってみた。| ツイートする |
07/07: KAORUKO新庄ヘアー公開

カットが終了して、DHCの松田さんの携帯カメラでハイポーズ!!どうかしら?
いつもの私と違うでしょ?
昨日は、デジカメを忘れたのでやっている途中もこうやって私の携帯カメラで。
「ハイKAORUKOさんいきますよー!今日はえびちゃんじゃなくて新庄ですねっ!」
土屋コーナー(土屋さん専用のスタイリングの場所)ここに専用のコームに名前を入れて保管してあったりする。。びっくりするような芸能人や経済人の名前があり土屋さんの業界問わない人気の凄さに驚く。。机手前にKAORUKOブランドのビジューシルバー。(右後方に土屋さんのアシスタントの一人たくちゃんがうつっています)土屋さんは新庄先手のCMのヘアーを手掛けています。ハワイでの撮影もご指名で。私もいろいろなKAORUKOを演出するべく、いまっぽく脱昭和の香りにしたい時は、こうして、新庄ねとリクエスト。この意外性にだれもが耳を疑うようですがまぁ結構本気なんです。この写真見てお解かりいただけた?最終のスタイリングは、こうしてあーしてと、ほんとうの新庄の時みたいにワックスのつけ方、空気の入れ方、毛先の遊ばせ方、つやの出し方をレクチャーしてくださり凄く貴重な話聞いちゃったってかんじ。
これは去年のKAORUKOフラワーショーで、土屋さんとのトークショーをしたとき。
この日KAORUKOヘアーは土屋作の天女スタイル(まじめなショーですが、結構その日の土屋さんの直感によりこんなことにもなりますが直感つながりの私としては受け入れます。どう?可愛いですか?
土屋王子と初めて仕事をしたのは、25ansのウエディング号の撮影。感性や審美眼、時間軸が共鳴できて、良い仕事ができる仲間です。
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07/07: ホテルおこもり中
8月1日に上梓の今度の本。いよいよです。
夕方原稿を取りにきたDHCの編集者のマツダさんとカフェでお茶。アイスコーヒーを頼んだら「ミルクとガムシロはおつけしますか?」とお店のお姉さんに聞かれ、すかさずお願いしますという私に、「あれー?KAORUKOさん、いれるんですか?」
やばっ。・・・(汗)松田さんもKAORUKOブログの愛読者だった。ダイエット宣言を覚えていたんだ。。。
というわけで、夕べから都内のホテルにこもっていました。
気分晴らしにかえりは土屋王子のとこへ。ヘアーカラーとカット。
松田さんがKAORUKO新庄ヘアーを(詳しくはKAORUKOブログの6月1日を見てね)
携帯カメラで、写してくれました。いつも女友達以上にわかってくれる松田さんです。
明日このブログでアップしますから見てね。!
土屋王子は今日もますますかっこよかったです。
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夢に見たマーサスチュワートの世界が現実に
フラワーアレンジメントをはじめたのは、自分の結婚式のブーケをつくれるようになりたかったから。お気に入りの花で飾り、最高の笑顔で、バージンロードを歩くのが夢でした。
ブーケや髪飾りは存分できたけどパーティー会場の花だけは夢をあきらめなければなりませんでした。
当時の日本の披露宴会場の花は、お決まりのパターンのアルバムから選ぶしかなく、値段で花がきめられていて、なんかおかしい・こんなのへんだ・心の中でつぶやいて、そして悲しい思いを抱えたままの結婚式となりました。1996年のことでした。
この残念な気持ちがあったからこそウエディングを思う通りの花でプロデュースするという仕事をしたらどうかしら?きっとみんな喜ぶはずと思いはふくらみました。
まだそんな仕事が成りたちニーズがあるなどと誰も思わない頃でしたが、いつかキットと、思いは日に日に膨らんでいきました。
そんな時手にした輸入されたての一冊の本。水色の表紙をめくりページを進めると、そこに繰り広げられていたのは、プールサイドや、広大な草原、海辺、湖畔、お庭での結婚式。そうガーデンウエディングの世界だったのです。
ウエディングプロデューサーとしてその本の中で、輝きながら楽しそうに仕事をしているのは、マーサスチュワートという名前だとわかりました。
今から18年前。1988年。
その日から思いをはせながら、私は、この本を幾度も幾度も広げては、自分を投影し、私はこの本の中で、ブーケをつくり、バージンロードを花で飾っていました。空想の中の私はいつでもきらめいていました。。こんな仕事がしてみたい!!日に日に思いはつのり、本の中の自分は毎日が楽しく次第にいてもたってもいられなくなりました。
それから、やく7年後。1995年のことです。
横浜のカントリークラブ脇に広がるまさにこの本の舞台かと見間違うかのようなガーデンで、私は、フラワープロデューサー、ウエディングプランナーとして、仕事を始めることができました。
引っ越したばかりの横浜で、教えだしたフラワーアレンジメントの生徒さんが、夢を語る私の世界にぴったりな場所があると教えてくれたのです。
すぐさま駆けつけると、そこはまさにイメージしたとうりのプールや、広大な芝生が広がっていました。絶対ここで、私は、仕事をするんだ!と確信。イメージはどんどん広がりました。本の中から出てきた私がここにいました。寝てもさめてもわくわくとした気持ちはしずまりません。
ついに勇気をだして直談判しに門をたたいたら、あっけなく実にあっけなく「ニーズがないわけじゃないんだ、面白そうだね、。じゃあやってみる?」と。
夢を語り、これからの日本はぜったいこうなると力説する私にいとも簡単にその仕事を託してくださったのでした。
タイミングや出逢いが人生を変える。
これは杉本薫子が後にKAORUKOに変遷していくためのほんの小さな始まりでした。
本の中に見たアメリカのガーデンウエディング。自由なオリジナルウエディング。
思い思いの花に囲まれて幸せそうにしているカップルたち。
私はここで、まさにマーサのように幸せのお手伝いの一歩を踏み出しました。大好きなお花で。
イメージしていた事が現実に目の前に現れる。
思いが叶う。
見えない力の不思議さ神秘さ
心に強く念じた事は、叶うのかも知れないとおぼろげながら思いはじめた一歩だったのです。
この続きはまた。
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07/06: アール・ドゥ・ヴィーヴル花story vol 12

キングスクロス駅9と4分の3番線
ホグワーツの魔法の国行き
9番線を通り越しても
そのホームは見当たらない
気分だけはハリーポッターになり
10番線から旅に出る
ケンブリッッジ行きのローカル列車
走り出すとひろがる丘丘は
羊がくさをはみ 一面の花畑がひろがる
思わずシャッターを押した
まっ黄色にそまった大地は菜の花色
幼い日がよみがえる思い出色
KAORUKO
思わずきった一枚は、走っている列車のまどから。
ぶれなくて良かった。
ぅわーぁ〜としか声がでない風景でした。
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07/05: アール・ドゥ・ヴィーヴル花story vol 11

ミストシャワーのようなアルケミラ
今にも消えてなくなりそう
胸いっぱいに息を吸い込むと
爽やかな酸素とともにはいってきそうな
アルケミラ アルケミラ
かわいらしい
アルケミラ アルケミラ
アルケミラモリス
アルケミラモリス
KAORUKO
野生のアルケミラモリスを見た。
イギリスの気候に適したこの花は、土に植えると
次々と群生するらしい。
イギリスの爽やかな6月にぴったりなほんとうに爽やかなアルケミラモリス
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